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サムなんだけど

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本作は〈りんご〉〈アリバイ〉〈宿題〉というキーワード三つの使用を条件とした、webサイト『探偵役と謎』主催のアンソロジー企画に寄稿するものです。キーワードの使い方に注目すると、よりお楽しみいただけるかと存じます。(作者より)

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目次

◆1◇

 私達の通う私立ハルク高等学校で、連続殺人事件が巻き起こっています。
 同校二年D組の生徒であり、高校生探偵でもある山本バーニング東西南北が、いつまでも黙っているわけがありません。
 助手である私、いいちこサンダー桃子を伴い、いよいよ調査に乗り出しました。

「桃子オ、事件のこれまでを整理して聞かせろ」
 放課後の教室で。
 山本探偵は机の上に立ち、両手をズボンのポケットに入れて、私を見下ろしています。
 身長が低いけれど(あるいは、低いゆえに)皆を見下したい――という願望を叶えるため、彼は日頃から可能な限り、椅子やテーブルの上に立つようにしているのです。
 ちゃんと床に立っている私は、びしっと敬礼します。
「もちろんです山本探偵!」

 通称、ハルク砲丸事件。
 ハルク高校の生徒が現時点で三人、頭を砲丸で殴られて殺害されています。
 全員、即死です。凶器である血塗られた砲丸は、必ず現場に放置されています。
 犯人は捕まっておらず、容疑者さえ浮かび上がっていません。

「一人目の被害者は一年C組の男子生徒、ジョニー胎盤です」
 私はスマホのメモアプリにまとめておいた情報を読み上げます。
「十二月四日……先週の水曜日ですね……の放課後、学校の中庭で殺害されました。一方を雑木林、三方を校舎に囲まれている薄暗い中庭ですから、犯行の瞬間を目撃した人はいません」
「ジョニーが放課後に中庭にいた理由はなんだ?」
「判りません。散歩でもしていたのかも知れません」
「部活動には参加してなかったのか?」
「彼は文芸部です。ゆるい部活ですから、放課後にひとりで校舎内を散歩していても、誰も咎める人はいないようです」
「サボりは日頃から、よくあることだったのか?」
「そうみたいです」
「死体の第一発見者は?」
「中庭を通りかかった二年生の女子生徒三名です。彼女らは帰宅部です。暇を持て余して、雑談しながら学校の敷地内を歩いている最中でした。頭が陥没して倒れているジョニー胎盤を見つけると、すぐに職員室に駆け込んで、凶事を報せたとのことです」
「ふうん」
 山本探偵は少しだけ間を空けて、
「その他に、特筆すべき点はあるか?」
「うーん……ありませんね。凶器は砲丸で、死体のすぐ横に転がっていたのですが、これはハルク砲丸事件全体の共通項ですから」
「判った。二人目に話を進めろ」

「二人目の被害者は二年A組の男子生徒、アイス冷えて増田です」
 彼は結構、有名な生徒です。
「囲碁部の主将で、昨年は一年生ながらに全国大会で好成績を収めました。山本探偵もご存知ですよね」
「知ってる。いつも碁を打ってる変な奴だろ」
「はい」
 授業中を除き、登下校や休み時間中、移動しているときであっても、常に大きな碁盤を左手の上に乗せて、碁石を入れた碁笥は白用と黒用の二つを腰に括りつけて、ひとりで囲碁をしているのです。ハルク高校の生徒であれば、その姿を誰でも一度ならず見掛けたことがあります。
「彼はジョニー胎盤の二日後、十二月六日の金曜日、早朝に、駐輪場を出てすぐのところで殺害されました。自宅から自転車通学だったんです。これが本当に早朝らしくて、犯行の瞬間を目撃した人はいません。朝練のため六時半に、同じく自転車で登校してきた陸上部の二年生が、死体を発見しました」
「なんで増田は、そんな早い時刻に登校したんだ?」
「日課だったそうです。何か必要があってではなく、そもそも極端な早寝早起きらしくて。親御さんの話では、夜八時には寝て、朝四時には起きるとか。殺された日も、お母様が起床した五時半には、既に家を出た後だったそうです」
「犯人からすれば、狙いやすい相手だったわけか」
「そう思います」
「その他に、特筆すべき点はあるか?」
「うーん……ありませんね。死体のすぐ傍には凶器の砲丸と、それから囲碁の道具が散らばっていたのですが、増田くんのことですから、殺されたときにも、ひとりで囲碁をしていたのでしょう。自転車に乗りながらでも、お蕎麦の出前みたいに、左手には碁盤を乗せていたんですからね」
 囲碁をすることに対する執念も物凄いですが、いつも私は、そのバランス感覚に驚嘆していました。
「じゃあ三人目に話を進めろ」

「三人目の被害者は二年E組の女子生徒、典子典子3典子です」
 現時点で、最新の被害者ということになります。
「殺されたのは十二月十日の火曜日、つまり昨日ですね。現場は昇降口の前です。部活を終えて帰ろうとした吹奏楽部の男子生徒四名が、午後七時四〇分に死体を発見しました。その十分ほど前に、同じく吹奏楽部の女子生徒二名が通ったときには、死体はなかったと云います」
「すると犯行時刻は、午後七時半から四〇分の間だな」
「そう考えられます。やはり犯行の瞬間は目撃されていません」
「典子も部活終わりだったのか?」
「いいえ、彼女は茶道部ですが、その日の部活は午後六時前に終了していたようです」
「じゃあ、それから一時間半も学校に残っていた理由は?」
「一度帰宅して、戻ってきたところだったんです」
「なんでだよ」
「彼女は非常に忘れっぽい性格で、宿題忘れが相次いでいました。翌日に持ってこいと云っても、その翌日にも、そのまた翌日にも自宅に忘れてきてしまうという、そんな有り様だったみたいで。それで、とうとう業を煮やした先生が、今日中……今日中と云うのは、もちろん殺された日のことです……に職員室まで持ってこいと指示したそうです」
「ふうん」
 可哀想なような、仕方ないことのような、人によって見解は分かれるでしょう。
「というわけで、彼女は茶道部の部活が終わってから急いで帰宅し、提出が必要なテキストを持って学校に戻ってきたところを、砲丸で殴られて殺害されたんですね。お母様の証言や、死体の傍に彼女のテキストが落ちていたことから、間違いありません」
「その他に、特筆すべき点はあるか?」
「うーん……ありませんね。これが今のところ明らかとなっている、ハルク砲丸事件の全貌です」
「凶器に使われている砲丸については?」
「あっ、ごめんなさい。説明が洩れていました」

 凶器の砲丸は、学校の備品ではありません。
 陸上部には砲丸投げの選手が複数名いて、部活に使用されている砲丸はありますが、これらが減ったり、別の物と取り換えられたりしている形跡はないそうです。
 よって、犯人が自前で用意した砲丸と思われます。
 陸上部が使用しているのとは別の種類ですが、犯行に使われているのは毎回、同じ種類です。これの入手経路は警察が調べているでしょう。しかし容疑者さえ浮かび上がっていないところを見るに、そちらの線から犯人を特定することは難しいようです。

「被害者同士の接点についてはどうなんだ?」
「ないですね。もちろんハルク高校の生徒という点は同じですが、それ以外に目立った繋がりや交流はありません。アイス冷えて増田と典子典子3典子は同じ二年生ですけれど、クラスが違いますし、一年生のときも別のクラスだったようです。おそらく、会話したこともないのではないでしょうか」
「ハルク高校の生徒を狙うって点のほかは一見、無差別殺人か」
「はい」
 こうやって説明してみると改めて実感しますが、どうも手掛かりのない事件です。だからこそ警察も手を焼いているのでしょう。
 しかし山本バーニング東西南北のズバ抜けた頭脳にとっては、違うかも知れません。
 彼は天才です。高校一年生のとき、つまり昨年の五月から探偵活動を開始し、これまでに県内で起きた不可解な殺人事件を六件も解決に導いてきました。
 私は彼とまったく面識がなかったのですけれど、探偵の活動に興味が湧いたので(さらには帰宅部で、暇だったので)彼に直接、助手役を志願しました。そして昨年の秋、三件目の事件から同行させてもらうようになりました。既に四件の事件において、誰もが解決は不可能と考えるなか、鮮やかに謎を解き明かす彼の姿を間近で見てきたのです。
 私は彼を見上げて、問い掛けます。
「どうですか山本探偵。何か判りましたか?」
「まだ推理を組み立てられるだけの情報が揃ってないな。それでも、俺様には直感がある」
 彼は机に立て掛けてあった竹馬に移ります。
 私よりも高い目線をキープしたままです。
「桃子オ、被害者三人が殴られた角度を調べておけ」
 そう云うと、彼は竹馬に乗ったまま教室を出て行きました。

 殴られた角度……。
 犯人の身長やら何やらを計算しようという狙いでしょうか?
 判りませんけれど、頑張ります!




   ◆2◇

 ハルク砲丸事件では、土日を除けば一日おきに殺人が行われています。
 第四の殺人も同様でした。
 すなわち、山本探偵が調査に乗り出した翌日である十二月十二日(木)、新たな被害者が出てしまったのです。
 殺されたのは三年G組の男子生徒、続・弓の夜風。
 彼は受験勉強のストレスにより、夏休み明けから一度も学校に来ておらず、自分の部屋に引きこもっていました。
 よって犯行現場は、彼の部屋でした。
 ハルク高校の敷地外が現場となるのは、これが初めてです。
 やはり砲丸により頭を殴られて即死していました。部屋の扉と窓は内側から施錠されていましたが、密室殺人ではありません。窓ガラスが割られていたからです。
 ただし、部屋は二階であり、窓ガラスの外はベランダではなく空中でした。

「窓によじ登る助けになるものか、そういうものが置かれていた痕跡はなかったのか?」
 山本探偵は、私にそう訊ねました。
 例によって放課後、他の生徒が誰もいなくなった教室です。山本探偵は両手をズボンのポケットに突っ込んで、机の上に仁王立ちし、私は普通に床に立っています。
「家を囲んでいる塀があります。そこに立って、窓ガラスを割って飛び移ることが可能です。しかし、それよりも有力視されているのが――」
「犯人は部屋に侵入していない。外から砲丸を投げ込んで夜風を殺したって云うんだな?」
「そうです」
 砲丸を投げ込むことで窓ガラスを割り、さらには部屋の中にいた続・弓の夜風を殺害する、一石二鳥の方法というわけです。
「今回も砲丸は現場……続・弓の夜風の部屋に転がっていました。親御さんの証言では、それ以外に部屋の中が荒らされたり、何か物が盗られたりした様子はないとのことです。つまり、犯人が実際に部屋に入ったと考える必要はないんですよ」
「だが、地上、それか塀の上から、砲丸を投げ込めるだけの力が必要となるよな。あと夜風の頭を狙って命中させられるコントロールも」
「そうなんです。すると疑わしいのは、砲丸を扱うことに慣れている砲丸投げの選手、ということになりますよね?」
「まあ、真っ先に思い付くのはそれだろうな」
「実はですね、浮かび上がったんですよ。容疑者が!」

 その容疑者とは、二年K組の男子生徒、伊藤愛玩人形祭です。
 彼は陸上部に所属する砲丸投げの選手であり、そして何より、先週の水曜日から体調不良のため学校を欠席しているのです。

「ああ? 欠席してるなら、むしろ容疑者から外れそうだが?」
「それがですね、逆なんですよ。彼にはアリバイが無いんです」

 続・弓の夜風が殺害されたのは、今日の午前九時四〇分ごろでした。
 窓ガラスが割れる音を、自宅の一階にいた母親が聞いて二階に上がり、扉は施錠されていたため開かず、呼び掛けても息子から反応がなく、外に出ると窓ガラスが割れており、明らかに異常事態なことから警察に通報し、十分ほどで駆け付けた警官が扉を破り部屋に入ったところ、午前一〇時に死体発見――という経緯なので、間違いありません。
 そして午前九時四〇分と云えば、ハルク高校は授業中だったのです。
 これまでハルク高校の生徒が、ハルク高校の敷地内で殺されていて、怪しい人物――ハルク高校の敷地内にいることが不自然に映る人物――を目撃したという証言もない以上、犯人はハルク高校の関係者でしょう。
 ですが第四の事件に至ってとうとう、候補者の大部分が除外されたというわけです。
 同時間帯に授業をしていた先生、あるいは授業を受けていた生徒たちに、続・弓の夜風を殺害することはできません。
 そんななか、学校に来ていない、換言すれば、授業を受けていなかった、しかも砲丸投げの選手をしている生徒がいるとなれば、これはもう容疑者筆頭ではありませんか。

「伊藤の親は、伊藤が家で寝ていたとは証言してないのか?」
「それが彼の家は母子家庭で、お母様は日中、お仕事で家にいないんです。もちろん本人は家で寝ていたと云い張るでしょうが、それを証明することはできません」
「今回の殺人だけじゃなくて、これまでの三件でも同様か」
「はい。一人目のジョニー胎盤と三人目の典子典子3典子が殺された時刻には、伊藤愛玩人形祭は家でひとりでした。二人目のアイス冷えて増田に関しては、お母様も家にはいましたが、あまりに早朝でしたので起床していませんでした」
「たしかにアリバイは無いな」
「そういうことです。しかも彼が学校を休み始めた先週の水曜日と云えば、ハルク砲丸事件が始まった日ですよ。ますます怪しいというわけです」
「警察は今、伊藤を徹底的に調べているのか?」
「そのようです。警察が伊藤愛玩人形祭に容疑を向けたうえで調べれば、何か証拠が見つかるかも知れません」
 彼が犯人なら、程なくしてハルク砲丸事件は解決となるでしょう。
 それは、もう既定路線のように思われます。
 私は安心したような、ちょっと残念なような気持ちで、山本探偵に云います。
「今回は山本探偵の出る幕がありませんでしたね」

 しかし彼は、首を横に振りました。
 私の苦笑に対して、愛想笑いも返さずに、仏頂面です。
 と、いうことは……
 山本探偵は、伊藤愛玩人形祭が犯人ではないと、そう考えているのでしょうか?

「そんなことより桃子オ、昨日頼んでおいた件はどうだ?」
「えっ。何のことですか?」
「被害者が殴られた角度だよ」
「あーごめんなさい!」
 すっかり失念していました。
 冷や汗が噴き出します。
「今日中に調べようと思っていたのですが……」
「調べてないんだな?」
「はい。第四の殺人が起きたので、そちらの情報収集にかかりきりでした。容疑者も浮かび上がったことですし……」
「それで調査が不要になったと、勝手に判断したのか?」
「いえ。そういうわけじゃ、ありませんけれど……」
 私は視線を逸らします。
 しかし真上から突き刺さる、鋭い視線を、頭頂部あたりにビンビンに感じます。
「おい桃子オ、散々云っているけどな、俺様は自分ひとりでも、探偵をするのに何も困らないんだよ。事実、最初の二つの事件ではそうしていた。お前がどうしても助手をやらせてほしいって云うから、あえて仕事を与えているんだよ」
「はい……」
「俺様の云うとおりにできないなら、助けるどころか、妨げになるんだ。いいか? 俺様の指示は継続している。被害者が殴られた角度を調べろ」
「判りました。ごめんなさい……」
 山本探偵は嘆息して、あとは何も云わずに、竹馬に乗って教室を出て行きました。
 もしかして、怒らせてしまったのでしょうか?
 私がやるべきことをやらず、しかも、そんなつもりはなかったのですが、思い返してみれば『出る幕がありませんでしたね』なんてセリフは、まるで山本探偵を煽っているようにも受け取られかねません。
 ああ……。
 私はがっくりと項垂れました。

 そして翌日、伊藤愛玩人形祭が殺されました。




   ◆3◇

 伊藤愛玩人形祭は、本当に厄介な風邪をこじらせていたようです。
 しかし自宅で静養していたせいで連続殺人の容疑者になってしまい、たまったもんじゃないと云わんばかりに、まだ全快ではありませんでしたが、登校してきました。
 自らの潔白をアピールするための行動だったわけです。
 それがまさか、五人目の被害者となることで、確実な証明がされてしまうとは……。

「伊藤が犯人じゃないなんて、判りきっていたことだ」
 一限目と二限目の間の休み時間にD組へ行くと(ちなみに私はK組です)、山本探偵は掃除ロッカーの上に座っていて、私にそう云いました。
「伊藤が犯人なら、第四の殺人になって急に、自分に容疑が集中するような馬鹿な犯行には及ばない。それまで尻尾すら掴ませなかった、狡猾な犯人なんだからな」
「はい。そうだったんですね……」
「伊藤が殺されたときの状況は?」
「彼は登校中でした。午前七時二五分、ハルク高校の裏門に至る小路でのことです。同じく登校中だった三年生の男女二名が、後方から叫び声がしたので振り返ると、五メートルほど離れたところで、伊藤愛玩人形祭が倒れていたんです。二人が駆け寄ると、彼は既に息絶えていて、すぐ傍に砲丸が転がっていました」
「他に見ていた奴は?」
「いません。駅があるのとは反対ですし、あちら側から登校する人は少ないですからね。徒歩や自転車通学の一部の人に限られます」
「じゃあそのとき、其処には伊藤と、発見者である男女二人の他に、人影はなかったんだな?」
「そうなんです。二人の話によればですが、犯人がいないんです!」
 二人が聞いた叫び声とは、砲丸で殴られた伊藤愛玩人形祭が発した、断末魔のそれと考えて間違いないでしょう。声がして振り返るまでの間なんて、ほんの一瞬です。
 普通であれば、二人は逃走する犯人の姿を、視界に捉えたはずなのです。
「伊藤が倒れていたところが、曲がり角だったわけじゃないよな?」
「それが一本道の、途中も途中なんです。左右は民家の竹垣とハルク高校のフェンスに挟まれていて、それを乗り越えているような時間的余裕はありませんし、そんな音や気配に発見者二人は気付きませんでした」
「ふうん」
 山本探偵は少しだけ間を空けて、
「じゃあ今度も、砲丸が投げ込まれたと考えるのが自然だな」
「はい。おそらくハルク高校の、フェンスの内側からでしょう。フェンスの内側なら灌木がありますから、その陰になって、発見者二人から姿が見えなかったとしても頷けます」
 そう云いつつ、私は実際に頷きました。

「ですが、この第五の殺人には、もうひとつ謎があるんですよ」
「ああ?」
「どうして犯人は、伊藤愛玩人形祭を殺したのでしょう? 容疑者だったんですよ?」 
 彼に容疑が向いているうちは、自分は安全でいられます。
 もしかしたら――もちろん冤罪なわけですが――警察が彼を犯人と断定して逮捕するような展開だって、あり得なくはないでしょう。そうなれば、罪を押し付けることができます。
 それなのに、犯人はそういう期待の一切を、自分から潰したことになるわけです。
「考えられることは、いくつかあるわな」
 山本探偵は、困ったふうでもなく、そう云いました。
「たとえば嫉妬だ」
「嫉妬? 誰から、誰にですか?」
「犯人から、伊藤に決まってるだろ」
「えーっと……」
「皆の注目が伊藤に集まっていることに嫉妬したってわけだよ。劇場型犯罪者には珍しくない心理だ。犯人とバレるわけにはいかない、しかし自分の存在をアピールしたい、そういうアンビバレントな気持ちを抱えていると、世間の疑いが間違った方向に向かった場合、犯人自らがこれを是正するなんて行動になって表れる」
「なるほど……」
 それは理解できる理屈……いえ、心理かも知れません。
「だが、この犯人はそうじゃないだろうな」
「違うんですか」
「こいつはアピールなんて考えてない。劇場型犯罪のつもりもないだろう。伊藤を第五の標的に選んだのは、もっと全然、別の理由だぜ」
 しかし山本探偵は、まだ、その理由を話してはくれませんでした。

 山本探偵は「そんなことより」と、話を変えます。
「自分の部屋で殺された続・弓の夜風についてだが、自宅はどこにあるんだ?」
「ああ、山本探偵はご存知なかったんですね」
 違う学年であっても、これは結構、有名な話なのですが。
「学校のすぐ近くですよ」
「どのくらい近くだ?」
「歩いて五分くらいです。学校から見えるんじゃないですかね。そんな近所なのに不登校になるなんて、よっぽどのことだって話されていたんです」
「おい桃子オ!」
「えっ、何でしょうっ?」
 語気を荒げられて、私はビクッとしてしまいました。
「それを昨日のうちに云えよ! 特筆すべき点だろうが!」
「あっ、はい、ごめんなさい……」
「まったく。使えない助手だぜ」
 山本探偵は、吐き捨てるように云いました。
 まさか、そこまで云われるほどの失態だなんて……。
「どうせ被害者が殴られた角度も、まだ調べられてないんだろ?」
「はい、すみません、今日やろうと思っていまして」
「早くしろよ。あと――」
 その時、二限目の開始を報せるチャイムが鳴り響きました。
 山本探偵は小さく舌打ちしてから、
「あと二つ、追加で調べろ。全部、放課後までに報告するんだぞ」
「わ、判りました」
「学校中を駆け回ることだな。そうしたら、そのだらしない身体もちょっとは痩せるだろ」
 う。ううううう……。
 体型のことだけは、云われたくないのにいいい……。




   ◆4◇

「きみ、どうしてベレー帽なんて被っているの?」
「これはですね、探偵の助手といえばベレー帽かな、と思いまして!」
「へえ。格好から入るタイプなんだね」
「そうですねー」
「だけど残念ながら、俺は破壊じゃないよ。弟の魔界だ」
「えっ? あっ、失礼しました!」
「破壊は今頃、グラウンドを走っているはずだよ」
「判りました。ありがとうございます。行ってみます!」

 昼休み中です。
 山本探偵から追加で仰せつかった二つの確認事項のうち、ひとつは手を打ちました。
 そこで私は現在、二つ目の事項について調べています。
 一人目の被害者、ジョニー胎盤のペンネームです。
 どうしてかは判りませんが、それでも調べるのが助手の仕事です。
 ジョニー胎盤は文芸部に所属していました。文芸部は年に何度か部誌をつくっていますし、そこでは――本名の人もいるかも知れませんが――ペンネームを用いていることでしょう。
 ならば、文芸部の現部長に訊くのが早いです。
 三年生は既に部活動を引退していますので、部長は二年P組のオ・オ・オ・オゾン層破壊という男子生徒です。
 しかしP組の教室を訪れた私は間違って、オ・オ・オ・オゾン層破壊の弟である、オ・オ・オ・オゾン層魔界に声を掛けてしまったというわけです。
 仕方ないですよね。クラスが同じで、顔も髪型も背格好まで同じなのですから。

 グラウンドに出ました。
 たしかにオ・オ・オ・オゾン層破壊は、其処でランニングしていました。
「あのー! 破壊さーん! すみませーん!」
 一生懸命、声を張り上げながら彼の方に駆け寄ったのですが、
「なんだてめえ! そのセーター、目がチカチカするぜえ!」
「ええっ? 黄色いからですか?」
 この黄色いセーター、お気に入りなんですけれど。
「それで! 俺に何の用だ!」
「私はK組のいいちこサンダー桃子です! D組の山本バーニング東西南北が高校生探偵をしているのは、破壊さんもご存知だと思うんですけど、私はその助手を――」
「俺は破壊じゃねえ! 三男の中井ザコイだ!」
「えっ? あっ、失礼しました!」
「破壊は今頃、どうせ文芸部の部室で昼メシ食ってるだろ!」
「判りました。ありがとうございます。行ってみます!」
 なんと。私はオ・オ・オ・オゾン層魔界にデマを掴まされていたようです。
 考えてみれば、文芸部のオ・オ・オ・オゾン層破壊が昼休みにグラウンドを走っている意味が判りません。それは陸上部で長距離走の選手をしているオ・オ・オ・オゾン層中井ザコイに決まっているではありませんか。

 三つ子の兄弟なのです。
 三人合わせて、オ・オ・オ・オゾン層破壊、魔界、中井ザコイ。

 昼休みが終わるギリギリの時刻になって、私は文芸部の部室に到着し、ようやく本物のオ・オ・オ・オゾン層破壊に会うことができました。
 ジョニー胎盤のペンネームを訊ねたところ、「佐藤りんご」と教えてもらいました。
 佐藤りんご?
 いやいや。ペンネームだとは承知していますけれど。
 変な名前ですねえ!




   ◆5◇

 放課後の教室、いつもの定位置で。
 私は山本探偵に調査結果を報告します。
「まずは、今朝に追加となった確認事項のひとつ目です。昨日、続・弓の夜風が自分の部屋で殺害された時間帯に、欠席を含め授業を受けていなかったか、わずかでも授業を中座していた、またはその疑いがある生徒――ですね」
「そうだ」
 これが大変な調査でした。
 私は授業中に内職して『調査状』を作成すると、休み時間を使って学校の全クラスにそれを配り、先ほど回収してきたのです。みんな一度は警察に対して答えている内容ということもあり、信用できる回答が集まりました。
 ここでは結論のみを述べます。
「該当者は十九名います」
 風邪が流行る季節ということもあり、意外に多かったと思います。
「十九名、全員を報告しますか?」
「いいや。その中から、他の殺人において確かなアリバイを持つ奴は除け」
「判りました」
 そう云われると思って、精査済みです。
「そうすると、四名しか残りません」
「教えろ。クラスと部活動も知りたい」
「はい!」

 一人目は一年M組の男子生徒、くりいむ拓人疑問形。軽音楽部です。彼は今週ずっと学校を欠席しています。他の殺人でも、確たるアリバイはありません。

 二人目は二年E組の男子生徒、博徒ケルベロス。帰宅部です。彼は続・弓の夜風が殺害された時間帯、トイレに行くため三、四分ほど離席していました(『わずかでも授業を中座していた』という条件には該当しますから報告します)。他の殺人では、確たるアリバイがありません。

 三人目は二年R組の男子生徒、修飾アカデミック直次郎。男子バスケ部です。彼は今週、火曜から木曜まで欠席していました。他の殺人でも、確たるアリバイはありません。

 四人目は三年C組の女子生徒、かおりIN DA 焼肉HOUSE。元女子テニス部ですが三年生ですので引退しています。彼女は続・弓の夜風が殺害された時間帯、気分が悪いと云って保健室のベッドで休んでいました。保健室には先生もいましたが、ベッドはカーテンで仕切られますから、こっそり抜け出ていた可能性は否定できません。他の殺人でも、確たるアリバイはありません。

「判った。他の学校関係者、つまり教師や職員なんかは俺様が調べておいた」
「そうだったんですね」
「だが結果は空振りだった。犯人は生徒だ」
「すると犯人は、私がいま名前を挙げた四名の中に……?」
 急激に鼓動が早くなります。
 真相に、犯人に、肉薄しているという予感!
 ですが山本探偵は冷静です。
「二つ目の確認事項についてはどうだ?」
 私もなるたけ興奮を抑えつつ、報告します。
 これはひと言で済みます。
「ジョニー胎盤のペンネームですね。佐藤りんご、です」
「判った」
 山本探偵は頷きました。
「犯人も、犯行方法も、動機も、すべてがな」
「えっ?」
 いま、さらっと、なんて云いました?
「謎はすべて解けたって云ってるんだよ」
「うそ!」
「嘘じゃねえよ」
 どうして?
 ジョニー胎盤のペンネームが、そんなに重大な手掛かりだったんですか?
 佐藤――りんご?
「お前にも判るはずだぜ。手掛かりは完全に揃ってる。まともな脳みそで考えれば、もう犯人はひとりしかあり得ないじゃねえか」

 山本探偵は面倒そうに嘆息して、
 ハルク砲丸事件の、解決編が始まりました。




   ◆?◇

 2024年サンリオキャラクター大賞結果
 総合順位1位~10位

  1位 シナモロール
  2位 ポチャッコ
  3位 クロミ
  4位 ポムポムプリン
  5位 ハローキティ
  6位 マイメロディ
  7位 けろけろけろっぴ
  8位 ハンギョドン
  9位 タキシードサム
 10位 リトルツインスターズ

 たくさんの投票、ありがとうございました。




   ◆6◇

「桃子オ、しりとり、しようぜ」
「はい?」
 何を云い出すのかと思って、私は山本探偵を見上げました。
 しかし彼が私を見下ろしている顔は、真剣そのものでした。
「しりとりだよ。知らねえのか?」
「いえ。知ってます」
「じゃあ付き合えよ」
「わ、判りました……」
 どうしてこのタイミングでしりとり?
 事件の真相を教えてくれるのでは、ないのでしょうか?
 まあ、機嫌を損ねたくないので、従いますけれど……。
「最初はお前だ。しりとりの『り』からな」
「じゃあ……りんご」
「碁石」
「ごいし?」
「囲碁で使う石だよ。判るだろ」
 判ります。
 しりとりの二発目で聞くことがあまりないので、少し驚いただけです。
 次は碁石の『し』ですから……
「し……シンデレラ」
「違う」
「えっ?」
「シンデレラじゃねえよ」
「でも、碁石の『し』ですよね?」
 シンデレラで良いと思うのですが。
 人というか、キャラクターの名前はNG的なことですか?
「碁石の次は、宿題だ」

 一瞬、思考が、停止しました。

 りんご……碁石……宿題?
 それって……

「一人目の被害者、ジョニー胎盤のペンネームは佐藤〈りんご〉。二人目の被害者、アイス冷えて増田は常に囲碁を打ってる変人で、現場にも〈碁石〉が散らばっていた。三人目の被害者、典子典子3典子は〈宿題〉忘れが相次いでいて、自宅からテキストを持って学校に戻ってきたところを殺された」
「あ……あ……あ……」
「四人目の被害者、続・弓の夜風は登校拒否のひきこもり。つまりは究極の〈インドア〉だ。五人目の被害者、伊藤愛玩人形祭は砲丸投げの選手であることに加えて、先週からの病欠によって〈アリバイ〉がないことで、容疑者として疑われていた」
「ま……ま……まさか!」

「りんご、碁石、宿題、インドア、アリバイ。犯人はこの連続殺人を通して、被害者の特徴を使った、しりとりをしてるんだよ」

 な、な、なんですってー!
 雷に打たれたかのような衝撃に、私は直立の姿勢で固まってしまいました。
 山本探偵は淡々と話を続けます。
「どうして犯人は、容疑者筆頭とされていた伊藤愛玩人形祭を殺したのかって疑問があったよな。これに関しては、犯人にはどんな計算も感情もなかったんだ。ただ伊藤の名前を〈アリバイ〉ってワードと一緒に耳にしたもんだから、〈インドア〉の次の標的に丁度良いと、そう思ったに過ぎない」
 そ、そんな……。
 そんな、冗談みたいな理由で……。
「標的の選び方に関して、この犯人はまったく拘りがないんだろう。一発目の定番である〈りんご〉からスタートして、しりとりで繋いでいくことしか考えてない。これも、しりとりをしたいってよりは、殺したい対象が特にいないもんだから、そうやって選んでいるだけだな。あみだくじをしたり、棒を倒したりするのと同じノリだよ」
 私は立っていられなくなり、手近な椅子に座りました。
「なんだよ。どうしたんだよ、お前」
「いえ。平気です。ちょっと、ショックを受けただけです」
 五人もの人間が殺されているのに。
 これなら、何の理由もない、快楽目的の無差別殺人の方がマシなくらいです。
 しりとりで、次の言葉に丁度良かったから殺されただなんて……。
「それで、犯人は? 犯人は誰なんですか?」
「判らねえか? 犯人は十二月十日、典子典子3典子が宿題を家まで取りに戻らないといけなくなったことを知って、その〈宿題〉ってワードにピンときて標的にしたんだぜ?」
「あっ」
「四人の候補者のうち、学校を休んでいた、くりいむ拓人疑問形と、修飾アカデミック直次郎は、これで消える。かおりIN DA 焼肉HOUSEも除外していい。典子とはクラスも学年も違うし、それに夜風が殺された時間帯、かおりは保健室にいた。カーテンで仕切られていても、『調子はどうですか』なんて云ってカーテンを開けられたらアウトな状況で、危険を冒して保健室を抜け出すとは考えにくい」
「じゃあ……犯人は……」
「残ったのはひとりしかいない。博徒ケルベロスだ。二年E組なら、典子と同じクラスじゃねえか。宿題の件を知っていて当然だ。こいつが犯人だよ」
「そんなあ!」
 私は目の前が真っ暗になりました。
 いえ、まだです。
 ひと筋だけ、まだ、光明があります。
「待ってください山本探偵! 博徒くんにも犯行は不可能ですよ。博徒くんはトイレに行くため三、四分ほど離席しただけです! 学校から続・弓の夜風の自宅までは、いくら近いとは云っても、往復十分くらいは掛かります!」
「投石機だよ」
「とう……せき……き?」
 山本探偵は事もなげに、心底、退屈そうに話します。
「名前のとおり、石を遠くに投げる兵器だな。別名カタパルト。これなら夜風の自宅になんて行かなくていい。トイレに行くふりをして、学校から砲丸を飛ばして夜風を殺し、何食わぬ顔で教室に戻っただけだ。三、四分で済む」
「そ、そん、なあ……」
 今度こそ、すべての光が消えました。
 希望は潰えました。
「博徒ケルベロスって奴はたしか、有名な物理オタクだったよな? いかにも、こういうことをやりそうだぜ。投石機を自作したんだ。その性能を確かめるために、砲丸を飛ばして、狙った標的を殺害していた。この連続殺人は性能テストだったんだよ。繰り返すが、標的は誰でもよかった。誰でもよすぎたから、適当に、しりとりで決めていた」
 私は口を開けません。
 椅子の上で脱力したきり、頭を上げることすらできません。
「おい桃子オ」
「…………」
「桃子オ!」
「は……はい……」
「それで、被害者が殴られた角度は、どうだったんだよ?」
 私は、顔を上げます。
 しかし、何も云うことができません。
「調べてないんだな?」
 山本探偵の大きく見開かれた両目が、私を見下ろしています。
 私は泣きそうになりながら、首を縦に振りました。
「まったく。使えねえ」
 顔に唾を吐き掛けられました。
「どういうつもりだ? 調べておけって、何度も云ったよな?」
「だ……だって……」
 時間が足りませんよ。
 私だって一生懸命、やっているんです。
 授業を受けながら、どうにか合間を縫って、やっているんです。
 それに、殴られた角度なんて、生徒達への聞き込みでは限界があります。
 これ以上、私に、どうしろって云うんですか。
「殴られた角度ってのはつまり、砲丸が飛んできた方角なんだよ。被害者複数人分のそれを集めれば、博徒がどこに投石機を設置しているのか突き止められるんだ。投石機は何よりの証拠になる。だから調べろって、何度も何度も何度も何度も云ってんだよ」
「ご、ごめんなさ――」
「謝るより先に動けよ!」
 カーッ、べっ!
 と、淡を顔に吐き掛けられました。
「痩せろよ! ぶくぶく太ってるから機動力がねえんだろ!」
「た、」
「だらしねえ! お前の甘えを象徴するような身体だな! 結局のところ、人間は見た目に出る! お前の醜い身体を見ていると、イライラするんだよ! このメス豚が!」
「たい、けいの、」
「ああ?」
 私は席を立ちました。
「体型のことは、云わないでくださいって、前にもお願いしたじゃないですか!」
 身を翻して、教室を飛び出します。
 廊下を走ります。
 悔しい。悔しい。悔しい。くやし、
 ああ、博徒くんッ!




   ◆7◇

 幼い頃、一緒に住んでいたお祖母ちゃんが、次から次にお菓子をくれたせいです。
 そのせいで太ってしまいました。
 頑張って痩せても、すぐに太ってしまう身体になってしまいました。
 こういうのって、育った環境によって決定づけられてしまうものなのです。
 私のせいじゃありません。
 なのに、昔から体型のことでずっと虐められてきました。

 博徒くんだけです。
 博徒くんだけが、私を「可愛いね」と云ってくれたのです。
 昨年の冬、私達は同じクラスで、化学の実験でペアになって、そのときです。
 それ以来、私は博徒くんに恋をしているのです。
 想いを伝えることは、できていませんけれど。

 その博徒くんが、殺人犯だなんて、そんなこと……




   ◆8◇

 私は放送室に駆け込みました。錠は掛かっていませんでした。
 機械を操作して、学校中に響き渡るよう、大音量で叫びます。

『二年D組の山本バーニング東西南北はインポ!』
『二年D組の山本バーニング東西南北はインポ!』
『二年D組の山本バーニング東西南北はインポ!』
『二年D組の山本バーニング東西南北はインポ!』
『二年D組の山本バーニング東西南北はインポ!』
『二年D組の山本バーニング東西南北はインポ!』
『二年D組の山本バーニング東西南北はインポ!』
『二年D組の山本バーニング東西南北はインポ!』
『二年D組の山本バーニング東西南北はインポ!』
『二年D組の山本バーニング東西南北はインポ!』
『二年D組の山本バーニング東西南北はインポ!』
『二年D組の山本バーニング東西南北はインポ!』
『二年D組の山本バーニング東西南北はインポ!』
『二年D組の山本バーニング東西南北はインポ!』
『二年D組の山本バーニング東西南北はインポ!』
『二年D組の山本バーニング東西南北はインポ!』

 繰り返していると、扉をガンガンガンガンと叩かれます。
 放送室に入るとき、私は内側から施錠しておいたのです。
 私は放送を止めて、開錠し、扉を開きました。
 廊下には、血走った目をした山本探偵が立っていました。
 いつもの竹馬に乗ることも忘れて、駆けてきたのでしょう。
 目線が私よりも低く、下から頑張って私を睨み上げています。
「てめえ! どういうつもりだ!」
 ああ。
 私は後退して、山本探偵から距離をとります。
「俺様はインポなんかじゃ――」
 そのセリフの途中で、
 彼の背後の窓ガラスが粉々に砕け散り、
 彼は私の足元に勢い良く倒れ込みました。

 後頭部が陥没しています。
 赤黒い血が広がっていきます。
 ごろごろと、その傍を砲丸が転がります。
 外から飛んできた砲丸が、彼を殺したのです。

 私は山本探偵が勃起不全かどうかなんて知りません。知りたくもありません。
 ただ、次は〈アリバイ〉の『イ』から始まる言葉ですから、それを云ったまでです。
「博徒くん……判ってくれたんですね……嬉しい……」
 私は砲丸が飛んできた方向を見ていました。
 山本探偵の死体を跨ぎ越して、再び廊下を駆けます。
 全力疾走です。
 放送室がある南校舎から、北校舎に移ります。
 途中で一度曲がって、また廊下を走って、次は階段を駆け上がります。
「博徒くん……博徒くん……」
 好き。好きです。
 私が貴方を守ってあげます。
 どんな罪でも、一緒に背負ってあげますから……。
「博徒くんっ!」
 私は北校舎の屋上に出る扉を開け放ちました。
 其処には、想像していたよりも小ぶりな、木材や縄を組み合わせてつくられた投石機が置かれていて、傍らに博徒くんが立っていました。
 格好良い……。
 こうして顔を合わせるのは、クラスが別々になってから、初めてのことです。
 ですが私は、いつも彼の姿を探して、廊下ですれ違うたび、ドキドキしていました。
 ずっと、慕い続けてきたのです。
「私のことっ……憶えてっ……いますかっ?」
 全力疾走していたので、息が上がっています。
 しかし呼吸が整うのを待ってなんていられません。
「いいちこっ、サンダーっ、桃子ですっ」
「うん。憶えているよ」
 博徒くんは、優しく微笑みかけてくれます。
 うわあああ……。
 好きだあああ……。
「山本っ、探偵はっ、博徒くんがっ、犯人だってっ、見抜いてっ、しまったんですっ。だからっ、私っ、博徒くんをっ、守りたくてっ。山本っ、探偵をっ、六人目のっ、被害者にっ、してしまえばっ、いいとっ、思ってっ。さっきっ、山本探偵がっ、インポだってっ、放送っ、したのはっ、私っ、なんですっ。そうっ、すればっ」
「もう喋らなくていいよ」
 博徒くんは右の掌を開いて、私に向けました。
 それから傍らの投石機に両手を掛けて、カタカタカタと、水平に回転させ始めました。
「テストは充分だ。僕の作製したこいつは、狙ったポイントに、正確に砲丸を当てられる。いいちこサンダー桃子さん、良いところに来てくれたね。これを最後のテストにしよう」
 投石機には、既に新たな砲丸がセットされています。
 博徒くんは回転を止めました。
 その投擲方向が、私を向いていると判りました。
「え……?」
「きみが最後のターゲットだ。これでしりとりも、きれいに終わることができる。しりとりなんて、本来はどうでもいいんだけどね。でも一度始めてしまうと、僕の性格からして、きっちりと終わらせたくなるんだ。ありがとう。本当に丁度良いよ」
「ど、どうして……」
 私を、殺すということですか?
 私は博徒くんの味方なのに?
 その証明に、真相を知りながらも、山本探偵を殺させて、そうやって私も犯罪の片棒を担いで、此処にやって来たというのに?
「博徒くん、私のことっ」
「うん?」
「私のことっ、可愛いって、云ってくれたじゃ、ないですか!」
「うん。そう云ったよ」
 博徒くんは私に、投石機の狙いを定めます。
「そのベレー帽と、黄色いセーターと、太った体型。まるでポムポムプリンみたいで可愛いと思ったんだ」
「ポッ!」
 ポムポムプリン?
 サンリオのキャラクターの?
 たしかに、ベレー帽を被っていて、黄色い身体で、丸っこいですけれど!
 そういう意味の『可愛い』だったんですか!
 私はてっきり……
「りんご、碁石、宿題、インドア、アリバイ、インポ、ポムポムプリン――ほら、最後に『ん』がついた。あははっ」
 博徒くんが投石機を操作します。
 そして。
 砲丸が勢い良く、私の顔面を目掛けて、飛んできます。

 あー、そっかあ。
 ポムポムプリンかあ!
 私が好きなのはタキシード………………

『サムなんだけど』終。





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