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探偵流儀 case-05 フクロウとは

「警部、この鳥が何か分かりますか?」

 探偵は、簡素な額に入れられた鳥の写真を指さした。

「……分からん」

 警部が首を捻ると、探偵は「僕もです」と言って、その隣に掛かった写真に指先を移し、

「では、これは?」
「……さっぱりだ」またも警部は首を傾げ、「野鳥なんて、どれも皆同じに見えるし、姿や色が違って別の種類の鳥だとは分かっても、名前まで出て来ない」
「僕もです。有名なウグイスだって、実物は花札に描かれているみたいにはっきりとした緑色をしているわけじゃありませんから、相当野鳥に詳しくないと判別できません。僕ら素人が確実に区別できる鳥といったら、クジャクとか、ダチョウとか、一発でそうと分かる特殊な外見を持った鳥類に限られますよね」
「全く同感だが……それと今回の事件と、何が関係ある?」

 苛立ったような声で警部が探偵を睨む。

「おっと、これは失礼」

 探偵は、鳥の写真から指を外した。
 二人がいるのは、郊外の山裾にある〈自然観察センター〉だった。この施設のロビーホールでは常時、センター職員が撮影した野鳥の写真の展示が行われている。それらは簡素な額に入れられ、大型のボードに掛けた状態で来館者に披露されている。ボード一枚ごとに裏表各十枚程度の写真が展示され、ボードの数は三枚あった。二人はまさにその中の一枚の前に立っている。

 数時間前、このロビーホールで騒動があった。ホール隅には、センターのグッズなどを売っている販売スペースがあり、そこには地元名物の漬物の販売所も併設されている。その販売所にスーツ姿の男が現れ、売り物である個装パックされた漬物を片っ端から漁り始めるという奇行に及んだのだ。知らせを受けたセンターの警備員が飛んでくると、男は「ここにある漬物を全て買いたい」という申し出をしてきた。
 あまりに異常な男の言動に、販売員と警備員がその対応を決めあぐねていると、その様子を不審に思った刑事が声を掛けてきた。この刑事、たまたま自然観察センターに見学に来ていたわけではない。刑事の所属は組織犯罪対策課で、やはりつい数時間ほど前にこの近くで、行動をマークしていた暴力団構成員を任意同行で警察署に送り届けたばかりだった。
 刑事と聞くと、スーツの男は突然(それまで以上に)挙動不審となり、帰ろうとしたのだが、何か怪しいと睨んだ刑事に任意という形で身柄を預けることになり、その身分が明らかになった。男はさる町金の社員で、そこは裏で暴力団の資金源となっていると噂されている会社だった。
 ほんの数キロにも満たない距離に、暴力団構成員とその関連町金社員がいた。しかも、任意同行を求める直前、構成員は携帯電話で通話をしており、その相手がなんと、漬物屋で不審な言動を取った町金社員だったということも分かった。
 これには何かあると睨んだ組対の刑事だったが、その関連性を一向に見いだせず、知り合いの捜査一課の警部に助力を請うたのだった。というのも、その一課の警部が、ある民間探偵と懇意にしていたためだ。その探偵はこれまで幾度も難事件について警部に助言を与え、解決に導くという実績を持っていた。



「その構成員は携帯で通話をしていたそうですが、電話を掛けた直後だったらしいですね」

 探偵が確認すると、警部は、

「ああ、通話時間を見ると、十秒程度しか話さないうちに刑事に声を掛けられたらしいな。で、どうだ? 何か分かったか?」
「……恐らくですが、構成員と町金は、何か物品の受け渡しをしようとしていたのではないでしょうか」
「受け渡しだと?」
「はい。例えば……町金――闇金と言い切ってしまいましょうか――の、いいカモ・・になりそうな顧客のリストだとか」
「それはあり得るな。最近奴ら、抗争相手の組が仕掛けてきたコンピュータウイルスに引っかかったことがあったそうでな、そのときに一度、麻薬の取引情報が相手に漏れたことがあったらしい。で、奴ら、それ以来メールで重要な情報データのやり取りをするのを控えているという話を聞いたな。そんな重要データのやりとりだと、郵便、宅配便の類も連中は危ながって利用は控えるしな。郵便物が配達寸前に強奪されたことも過去にあったから」
「もしそうであれば、リストはデータのままSDカードなどの記録媒体に移して、それを受け渡しするのが確実ですよね。で、ネット環境に繋がっていない、スタンドアロンのパソコンでそのデータを開けば完璧です」
「俺はそういったパソコン関連には詳しくないが、そうなんだろうな。紙にプリントアウトしたら膨大な量になって、受け渡しリスクが大きくなるからな。で、構成員と町金は今日、そのデータが入ったカードの受け渡しをするつもりだったということか?」
「はい。ですが、構成員のほうは刑事に行動をマークされていたから、町金と直接やりとりするのはまずいはずです」
「ああ、そんなことをしたら、即座に二人とも任意で調べられて、カードも押収されてしまうだろうな」
「だから、構成員がカードをどこかに隠して、町金がそれを回収するという形を取るのがベストかと思います」
「そうだな。で、そのカードが、このセンターのどこかにあると?」
「警部」と探偵はボードに視線を戻して、「この鳥の名前は、分かりますか」

 さらに隣にある写真を指さした。

「また何だ、いきなり」警部は不満そうな表情をしたが、写真を見ると、「あ、それなら俺にも分かるぞ」
「何ですか」
「フクロウだ」

 警部が答えたとおり、それはフクロウの写真だった。満足そうに頷いた探偵が、その写真の入った額をくるりと裏返すと、

「……あっ! カードが!」

 額の裏には、粘着テープでSDカードが貼り付けられていた。

「構成員が掛けていた電話は、このカードをどの写真に隠したかを教えるためのものだったんです」
「しかし、どうしてここにあると分かった?」
「ご覧の通り、ここに展示されているものは全て野鳥の写真ですが、映っている鳥の名前まで提示されてはいません。この中のどれかにカードを隠して、それを電話で伝えることを考えたら、もうこの写真を選ぶしかないじゃないですか」
「フクロウの写真を? どうしてだ?」

「だって、鳥に明るくない人でも見た目で確実に判別可能な野鳥なんて・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・フクロウ以外にあり得ないじゃないですか・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。『フクロウに隠した』こう言えば、誰でも一発でその意図を理解できます。恐らく、構成員は刑事の尾行に気付き、咄嗟に近くにあったこのセンターに入り、カードを隠して退出し、すぐに町金に電話を入れたんでしょう」
「そこを、しょっ引かれたというわけか」

 警部は腕組みをして頷いたが、

「しかし、どうして町金の男は、全然見当違いの漬物屋に行ったりしたんだ?」

 探偵は、ぷっ、と吹き出して、

「まさにそれが、僕がこの謎を解く鍵になったんですよ。恐らく、慌てていた構成員は電話口で口調が乱れて、一回では喋っていることが町金に伝わらなかったんでしょうね。で、町金が訊き返す。『フクロ?』と、それに対して構成員はこう答えました『おお、フクロウだ』と。そこをお縄になったと言うわけです」

 探偵は漬物屋に視線を向けた。そこには、のぼりが立っており、「おふくろの味のお漬け物」と書かれていた。




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