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探偵流儀case-06 あくまで手毬歌

 とあるテレビ局のプロデューサーが、ホテルの一室で他殺体となって発見された。部屋にあった灰皿で後頭部を殴られたことによる脳挫傷が死因と見られたが、死体におかしな装飾が施されていることから、捜査担当となった警部は、旧知の仲である探偵に意見を訊くため彼の事務所を訪れた。

「死体は口にかざぐるまを咥えていた」
「風ぐるまって、あの玩具の風車ですか?」
「他に風ぐるまがあったら知りたいよ。犯人の仕業だろうな」
「僕もそう思います。理由は分かったんですか?」
「殺されたのはテレビ局のプロデューサーだというのは知っているな? 現在、ドラマの制作に取り掛かっていたんだが、そのドラマというのが、数十年前にある山村で実際に起きた連続殺人事件をもとにした、ミステリドラマだというんだ」
「それと風ぐるまにどんな関係が?」
「まあ聞け、その事件が起きた村――現在は合併されて消滅したが――には、古くから伝わる手毬歌てまりうたがあってな」
「まさか?」
「さすがに察しがいいな。その手毬歌の歌詞に『吹け吹け回れ風ぐるま』というのがあるんだ」
「手毬歌の見立て殺人?」
「そう考えられるだろう。だがな、ひとつおかしな点があるんだ」
「何です?」
「その『吹け吹け回れ風ぐるま』という歌詞が出てくるのは、歌の二番なんだな」
「えっ?」
「そうなんだ。その手毬歌の一番では、同じところは『空まで届け竹とんぼ』と歌われている」
「いきなり二番から始まった見立て殺人?」
「なのか、もしかしたら、第一の殺人が見逃されているという可能性もないではないが……」
「それは考えがたいですね。死体に『見立て』を施すのであれば、死体の隠蔽なんてそもそもしないはずです。誰かに見せてこその『見立て』なんですから」
「俺もそう思う。現に、関係者内で他に死人は出ていない」
「その手毬歌っていうのは、ドラマの中で重要な役割を果たすんですか?」
「いや、聞いた話によると、そういったことはないそうだ。取材に行ったスタッフたちが、合併前の昔から住む年寄りに教えてもらって知ったものだそうだ。ドラマの雰囲気に合うから、ドラマの音楽を担当する作曲家にアレンジしてもらって、主題歌として使うつもりだったらしい」
「主題歌ですか」
「ああ、プロデューサーがそんなことになってしまったから、テレビ局をはじめ、制作会社のスタッフ連中大慌てだったぞ。ドラマ自体も制作中止になることがほぼ決まっているらしい」
「こんな事件が起きてしまったら、やむを得ないでしょうね。とにかく、調べてみましょう」
 探偵は立ち上がると、愛用の白いジャケットを羽織った。
 数日後、探偵から連絡を受けた警部は、再び彼の事務所のドアを叩いた。
「どうだった?」
「色々と分かりましたよ。まずですね、くだんの手毬歌なんですけれど」
「ああ」
「確かに歌詞に『吹け吹け回れ風ぐるま』と出てくるのは二番です。同じところの一番は『空まで届け竹とんぼ』で、三番は『赤青黄色独楽回し』でした」
「そうだったな」
「で、この手毬歌を主題歌にするという話も詳しく聞いたのですが、警部もご存じかもしれませんが、ああいったドラマや、アニメなんかもそうですが、主題歌に使われる歌というのは、番組内にフルコーラスで流れるわけではないんです」
「それくらい俺も知ってる。歌ばかりに放送時間を使うわけにはいかないからな」
「そうなんです。大抵の場合、歌の一番の部分だけを切り取って、前奏なんかを尺に合うように再編曲して使うわけですね」
「それが事件と関係があるのか?」
「大ありなんです。今言ったように、番組で流す際は、通常一番の部分をそのまま使うことが多いのですが、今回の場合、プロデューサーの意見で、二番の部分を使うことになったそうなんです」
「何?」
「何でも、取材で訪れた村の風景を見たプロデューサーが、風ぐるまが似合うんじゃないかと言い出して、オープニング映像で大量の風ぐるまを回すシーンを入れる予定だったそうなんです。で、取材で仕入れた手毬歌の歌詞に、まさに『風ぐるま』が出てきた」
「ところが、それは二番だったというわけか!」
「まさにそうです。そういった理由で、『竹とんぼ』の一番ではなくて、『風ぐるま』の二番を番組主題歌として使うことになったそうです。この主題歌の編曲作業だけは先に済んでいて、すでに番組用のサイズで収録をし終えていたそうなんですね」
「すると……どういうことになる?」
「犯人は、この番組用サイズでしか『手毬歌』を聞いたことがなかったということです。だから『見立て』に風ぐるまを使った」
「『見立て』た理由は何だ?」
「そこまでは分かりませんが、もしかしたら、番組の内容になぞらえたセンセーショナルな死体を演出することで、番組制作を中止させる目的があったのかもしれません」
「何だって? 君がそこまで喋るということは、何か根拠があるんだな?」
「今度の事件の犯人像を推理すると、こういうことになります。『手毬歌を知っていた』『しかし、番組用サイズバージョンでしか聞いたことがない』ということは、『現地に取材に行ったメンバーではない』取材に同行していたのであれば、風ぐるまが出てくるのは二番だと知っていたはずですからね。最後に『ドラマ制作を中止に追い込む動機がある』」
「おいおい、最後のは飛躍が過ぎるぞ。結果ありきになってしまっている」
「承知しています。ですが、他にも情報を色々と仕入れてきているんですよ」
「聞こうか」
「はい。警察の得ている情報と重複するものもあるかもしれませんが、ご了承を。まず、殺されたプロデューサー、お世辞にも人徳者とは呼べない人だったらしいですね。特に下半身の関係にだらしないことで有名だったとか」
「ああ、お陰で容疑者の数が大変なことになっている」
「もうひとつ。ドラマに主演する、何とかという俳優ですが」
「ああ、あの男前か」
「はい、名前が出て来ないので、主演俳優で通します。その主演俳優の所属する芸能事務所に話を訊きに行ったのですが、せっかくの主演ドラマが制作中止になることがほぼ確実視されているというのに、悲愴な雰囲気が全くなかったんですね」
「どういうことだ?」
「というのもですね、彼、去年放送していたヒーロードラマの出身らしいのですが、そのドラマを観たハリウッドのプロダクションから、誰でも知ってる超有名スターの次回主演作に、重要な役柄で緊急オファーが来たというのです」
「ほう」
「アクションの出来る、若くて甘いマスクの日本人を捜していたのだとか。さらに彼、帰国子女で英語もペラペラだそうですからね」
「願ってもないチャンスじゃないか。事務所の雰囲気が暗くなかったのは、そのせいか」
「ええ、さらにですよ。緊急オファーという表現は誇張でも何でもなくて、ハリウッドのプロダクションが言うには、すぐにでもこっちに来て撮影に入れるかと」
「何だって?」
「つまりですね、手毬歌のドラマと撮影時期が丸かぶりしてしまうわけですよ」
「おいおい、まさか……」
「主演俳優の彼、さっき挙げた条件全てに当てはまります」
「ちょっと待て、プロデューサーが殺されていたのはホテルだぞ。しかも素っ裸だった。状況からして、あれだ……」
「性行為の前後に不意を突かれたんじゃないか、って言いたいんですよね。でも警部、そのプロデューサー、『守備範囲』が異様に広いことで有名だったらしいですよ。主演の彼、かっこいいですよね。男の僕が見ても惚れ惚れするほどです。
 ここからは全く僕の想像でしかありませんけれど、殺意が芽生えた原因は、ドラマとかハリウッドとか全く無関係な、個人的なことだった可能性があります。プロデューサーの『だらしなさ』に嫌気がさしたのかもしれませんね。激情に駆られて彼は、灰皿でプロデューサーの後頭部を殴打してしまう。殺人を犯してしまった彼でしたが、この状況をむしろ利用してやろうと考えた。ドラマに関する『見立て』を行うことで、ドラマの制作を中止に追い込み、日本に何のしこりも不義理も残さずにアメリカへ飛ぶという」
「……至急、その俳優のアリバイを確認する。DNAも提供してもらわないとな」

 警部は立ち上がると、足早に事務所を出て行った。




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