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探偵流儀シリーズcase-23 この髪は誰のもの

「これなんですけれどね……」
 そう言って探偵が差し出してきたのは、
「髪の毛……ですか?」
 白いハンカチの上に載せられた、黒く細長い物体を見て私が言うと、探偵は、
「そうです」と続けて、「犯行現場に落ちていたものです。犯人のものである可能性があります。そこで、申し訳ないのですが、あなたの髪の毛を一本、ご提供いただけないかという相談なのですが……」
「それって、あれですか? DNA鑑定っていう」
 と訊くと探偵は、そうです、そうです、と頷いた。
 確かに私は、髪を染めてはいるが、頭髪の中には、染めきられておらず、髪が黒いままの箇所もある。
 私は犯人ではない。その私が髪の毛を提供することは、もちろんやぶさかではないが、しかし……。
「どうなさいました?」
 探偵が怪訝そうな表情を向けてくる。変な誤解をされて――犯人だと疑われて――しまっただろうか。だが、
「あのですね、探偵さん」
「はい」
「その髪の毛が犯人のものだと、どうして分かるのですか?」
「……と、おっしゃいますと?」
「犯行現場に落ちていたものなんですよね」
「ええ」
「だったら……それは犯人のものではなく、殺された被害者の髪の毛かもしれないじゃないですか」
 そうなのだ。このペンションの一室で殺された被害者は、豊かな黒髪をなでつけた男性だった。
「…………」
 私にその疑問をぶつけられた探偵は、しばしの間、無言のまま私と目を合わせ続けた。まさか、私から指摘されて、初めてそのことに気付いたというわけではないだろう……そう思いたいのだが、どうにも怪しいな。
 強風が窓を叩いた音が、二人のあいだに流れた沈黙を際立たせた。
 吹雪により閉ざされたペンション。そこで起きた殺人事件。
 当然、通報はしたのだが、警察の到着までには数日はかかるという。そんな中、宿泊客の中に、たまたま探偵がいたことから、彼が捜査を買って出たわけだが……。
 大丈夫なのだろうか?
 犯行現場には、第二の殺人を示唆するような文面が残されていた。私を含めた宿泊客たちとオーナーや料理人は、そのせいで戦々恐々としている――もちろん犯人だけはそうではないだろうが――この、目の前にいる探偵――いや、探偵と名乗る優男やさおとこに任せておいて、本当に大丈夫なのだろうか?
 そういえば、死体の第一発見者も、この探偵だった。〝第一発見者を疑え〟というのは殺人事件捜査の鉄則ではないか……。
 そんなことを考えているうちに、
「……分かりました。ご協力ありがとうございました」
 と、手にしたハンカチを畳み懐に戻すと、探偵は立ち上がり、部屋を出て行ってしまった。髪の毛の採取はいいのか? あの髪の毛が被害者のものである可能性を私に指摘されて、ばつが悪くなって忘れてしまったのだろうか?
 私は自室の窓に視線を向け、窓外を見やる。夜の闇の中、室内からの明かりに照らされて、白い雪が縦横に舞っているのが見える。
 突風がが窓を叩き、ガラスを震わせる。まだまだ吹雪はやみそうにない。
 この大自然の猛威の中、犯人は虎視眈々と次の獲物を狙っているのだろうか? 次に殺されてしまうのは誰なのか……? まさか……私? 殺されるほど誰かに恨まれる心当たりなどないのだが……。そろそろ寝るとしよう。まったく予期しなかった殺人事件に巻き込まれてしまい、気が立っているため、寝付くことが出来るかは分からないが……。

 ――物音で目が覚めた。
 いや、〝物音〟などという生やさしいものではない。暗闇の中聞こえてくるのは、人が取っ組み合いをして争うような音、荒い呼吸音、そして……床に何かを叩きつけたような衝突音の直後、「ううっ……!」という苦しげな呻き声が聞こえ、それを最後に、静寂は戻ってきた。
 慌ててベッド灯を点ける。その明かりが照らし出したのは……二人の男だった。ひとりがもう一方の腕をねじり上げ、床に組み伏せている。先ほどの呻き声は、下になっている男の口から漏れたもののようだ。誰だ? 私は顔をよく見ようと視線をこらす。そして、思わず「あっ!」と叫んだ。このペンションの料理人ではないか!
 では、彼を組み伏せている人物は? と視線を上げると、
「どうも」
 探偵だった。体格では明らかに勝る料理人を押さえつけているというのに、涼しい顔をしたままだ。
「どど……どういうことなんですか? これは?」
 当然、尋ねずにおられない。
「危機一髪でしたね」
「はっ?」
「あなたが、第二の被害者になるところだったんですよ」
「被害者……えっ? ということは?」
「そうなんです。殺人事件の犯人は、この料理人です」
 そう言われて初めて、私は、探偵がひねり上げている料理人の手にナイフが握られていることを視認した。鋭い切っ先が淡いベッド灯に反射して鈍く光る。「ひっ」と思わず布団ので身震いした。
 騒ぎを聞きつけたのだろう、他の宿泊客たちやオーナーが、廊下に集まり始めていた。

「実は、みなさんには内緒にしていたことがありまして」
 犯人――料理人――を厳重に拘束したのち、リビングに皆を集めた(というか自然と集まった)中、探偵は語り出した。
「実はですね、僕が被害者を発見したとき、その死体には、ある〝異変〟が起きていたのです」
「異変、って?」
 皆を代表して私が訊くと、探偵さんは、
「被害者の頭が……スキンヘッドになっていたのです」
「ええ?」
 あの豊かな黒髪持ちだった被害者が、スキンヘッドに? それは……。
「犯人が、頭髪を剃り上げたということですか?」
「違います」探偵は、私の言葉を否定して、「ベッド脇のサイドテーブルの上に、我々が知るあの豊かな黒髪が、そっくりそのまま置いてあったのです。つまり、被害者はカツラの着用者だったということです」
「なんと!」
「被害者が襲われたのは、入浴を終えた直後だったのでしょうね。そのため、カツラをかぶっていない状態で殺されてしまうこととなりました。
 偶然にも、死体の第一発見者となった僕は、犯人による、第二の殺人を予告する文面が残されているのを見つけました。さらなる凶行は何としても防がなくてはいけない……そう思った僕は、一計を案じ、犯人を罠に掛けることにしたんです。その罠のため、皆さんに死体発見を知らせる前に、死体にカツラをかぶせ直したのです。僕の計画というのは、皆さんに〝ニセの証拠品〟を見せて、その反応を窺うことでした。言うまでもなく、その〝ニセの証拠品〟というのは、あの髪の毛です。ちなみに、あの髪は僕のものです」
「どういうことですか?」
「僕がハンカチにくるんだ髪の毛を見せて、『これは犯人のものである可能性がある』と訴えたとき、皆さんは、ほぼ一様に同じ反応を返して下さいました……何とおっしゃっていましたか?」
 探偵が私に水を向けてきたため、
「……それは、犯人のものではなく、被害者の髪である可能性があるのではないか、と――あっ!」
 そこまで言って、私も探偵の作戦に気付いた。
「そうなんです」探偵は頷くと、「今のような返答がされて当たり前ですよね。被害者が豊かな黒髪の持ち主だったことは、ここにいる誰もが知っていますし、まして、殺害現場は被害者の部屋ですからね。僕が見せた髪の毛が被害者のものである可能性を指摘するのは当然の反応です。
 しかし、被害者が入浴を終えた直後のところを襲撃した犯人だけは、被害者が実はカツラの着用者だったこと、さらに、そのカツラの下が完全なスキンヘッドだったということも知っているわけです。つまり、犯人だけは、僕が見せた髪の毛が犯人のものである、という言葉に反論できないわけです。被害者の頭から髪の毛が抜け落ちるなんてこと、ありえないと分かっているわけですからね。
 そんな中、僕が聴取した中で、他の人たちと明らかに違う、動揺したような反応を見せた人がいました、それが……」
「料理人……」
「ええ、それで、僕は確信しました。そうなったらあとは、犯人――料理人――の部屋を監視して、行動を起こすのを待つだけです。犯人の声明により、第二の殺人が引き起こされることは明白でしたからね。
 ただ、彼が犯人であることを証明する――現行犯逮捕する――ためには、犯人に、標的に危害を加える意志がある、という行動を取らせる必要がありました。だから、あなたには少々怖い思いをさせてしまいました。申し訳ありません」
「いえ……」
 私は完全に寝入っていたため、ただ突然の物音に驚いただけで、怖い思いをしたわけではなかっのだが。
「さて、寝ずの番をしていたおかげで、眠くて仕方がありません。犯人も捕らえたことですし、とりあえず普段どおりに過ごしませんか? 犯人がどうして被害者に殺意を持ったのか、などの事情は、警察が到着したら尋問して明らかにしてもらいましょうよ……」
 探偵は、ふわぁ、と大きなあくびをした。



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