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金曜日の午後

 ある昼下がり。暖かな春の陽気がアスファルトを温めている。
 財布、コンビニで購入した簡易栄養食、かわいらしくラッピングしてもらったプレゼント。
 必要なものが入ったバッグを肩にかけ、私は、数分だけバスに揺られた。
 そこから徒歩五分程度。
 道中には桜並木があり、すぐそばには川もあった。先週、この付近で友人と立ち花見をした。そのときと変わらず美しく形成された花筏の、緩やかな進みが、まるで時間の流れを表しているようだった。
 目的地は、勤務先からそう遠くない公園。今週も、私は休憩スペースで人と会う約束がある。
「おまたせ」
「いえいえ、そんなに待っていませんよ。さえも、さっき来たところです」
 彼女は、そう言って中途半端な折り紙から手を放し、座っていた木のイスから立ち上がった。
 待たせている人――さえちゃん――である。つい最近、初めての入学式を済ませたばかりの女の子だが、そのわりに、ひどく大人びている。
「折り紙か」
「学校でもらったんです! いろんな色があるんですよ」
「へぇ、本当だね。一枚、良いかな?」
 最後に折り紙を見たのは何年前か。無性に、童心に帰りたくなったのだ。
 私はそう尋ねながら、さえちゃんの隣のイスに腰掛けた。彼女もすとんと席についた。
 すると、私が欲しい色をとれるようにと思ったのか、パッケージに入ったままの折り紙をどうぞ、と渡してくれた。私は、茶色の折り紙を一枚取り出して彼女に返した。
 彼女はそれを受け取ると、何かを思い出したのか、そばのランドセルからあるものを取り出した。
「見てください、先生。鶴を折りました!」
「ふむ、上手だね」
 私はそれを受け取った。
「えへへっ。それ、先生にあげる。どーぞ」
「これを、私に?」
「うん! だって、そのためにたくさん練習したんだもん」
「そうか。ありがとう。それなら……はい」
 私は彼女に用意していたプレゼントをバッグから取り出し、差し出した。
「これは、私から君に」
「え……でも……」
 さえちゃんの表情は曇る。養親に事情を説明するのが難しいと思ったのか、躊躇する。
 私は、もらったばかりの折り鶴と茶色の折り紙を掲げてみせた。
「いいんだ。君からは、これをもらったからね。開けてごらん」
 遠慮しているが、彼女は一度だけゆっくり首を縦に振ると、ラッピングを丁寧に外していく。
 そして、パステルカラーのカラフルな花園がモチーフとされた、厚めのしっかりとしたノートが姿を現した。
「わぁっ、お花がいっぱい! かわいい!」
「中も、見てごらん」
 私がそう言うと、さえちゃんは表紙をめくった。
「なんがつなんにちって、書くところがあるー」
「これは、日記帳だよ」
「ニッキチョウ?」
「そう。その日にあったことを記すんだ」
「そうなんだぁ……んー、ちょっと大変そう。だって、さえ、書きたいこといっぱいだもん」
「なにも、全てを書く必要はない。その日のうちで印象に残ることを厳選すればいい」
「そうなんですか……。さえ、がんばります!」
 私はさえちゃんの満足そうな表情を確認してから、食事を始めた。
 以前、燃料を入れているようで機械みたいだと同僚に言われたが、個人的には効率が良いし、合理的で良いと思っている。
 その横で、さえちゃんはさっきの折り紙の続きをする。星だろうか。
 私は食事を終えると、折り紙をしながら、いつものように二人で他愛もないことを話しはじめた。
「先生の将来の夢は、なぁに?」
「将来の夢?」
「六年生のみんなが、学校で将来の夢について話すの。シュクダイなんだって」
「そういうことか。私は……その頃は、会社員だったかな」
「あれ、カガクシャさんじゃなかったんですか?」
「小学生だったからね。でも、後に科学の良さに気がついたんだ」
「ええっと、どういうことですか?」
 私は、首をかしげる彼女に意地悪く質問した。
「空はどうして青いのか。わかるかい?」
「うーん……」
さえちゃんは考え込んだが、やがて私を見上げた。
「地球の周りには、オゾンという物質の層があるんだ。それに太陽の光がぶつかると、拡散したり曲がったりするんだよ。すると、私たちの目には見えやすい青い光が届くから、空は青く見える」
「どうして青い光なんですか?」
 今度は反対側に首を傾げ直した彼女に、私は簡易的に説明した。
「私たちの目に適しているのと、青い光は波長が短いからだよ」
「ハチョウ?」
「光も音も、その正体は波なんだ。それで、青い光は波が小さいから散乱しやすくて……」
 私はここまでで説明をやめることにした。さえちゃんの、その頭の上には数えきれないほどクエスチョンマークが見えるようだったからだ。
 この話はまたいつかしよう。私は、話題を変えた。
「そうだ。空が青いから、海は青いんだよ」
「そうなんですか?」
「空の色が水面に反射しているんだ。海の色は、空の色さ」
「それじゃあ……曇っていたら、海は、雲の色になるの?」
「そういうこと。こういう、論理的に様々な事象を説明できる、そんな科学というものに魅力を感じたんだ。ほら、折り紙で恐竜だって作れる」
 私は、完成した茶色のティラノサウルスをテーブルに立たせた。
「わぁっ、すごいです! ハサミ使っていないのに、とっても細かーい!」
「ハサミを使うなんて邪道だよ。折り紙を侮辱している」
「へーぇ……」
 さえちゃんは、小さな恐竜を面白そうに観察しながらそう呟いた。
 その様子と腕時計を見て、私は宣言した。
「それじゃあ、今週の問題を出そうか」
「はい、どうぞです」
 さえちゃんは恐竜から手を放し、そう意気込む。実は、私も同じく意気込んでいた。
「私は、君の名前からその花のノートを買おうと思ったんだ。さあ、なぜ?」
「えぇっ? さえが、お花?」
「どうしてだろうね」
 いつも問題を出したそばから解かれてしまうため、今日の問題は難易度を上げてきたのだ。そう簡単には解けないだろう。
 私は、来た道をそのまま戻るように、もはや恒例となった公園での逢瀬から職場へ戻った。
 珍しく自信作をさえちゃんに即答されなかったからか、私は上機嫌だった。
 折り終えたばかりの二十六匹目の恐竜――赤いエウディモルフォドン――を蛍光灯の光にかざした。
 オフィスには、すでに二十五匹の、その昔、私たちが誕生するはるか前に地球上で生息していた大型獣がカラフルな紙によって生き返っていた。
 よし、次はドリコリンコプスだ。
 完成したエウディモルフォドンを、デスクに積み上げた本のさらに上の、オレンジ色のぺテイノサウルスの隣に設置した。そして、まっさらな水色の折り紙を手繰り寄せた。
 次の瞬間、オフィスの扉がノックされ、遠慮がちに開かれた。
「高科、いるか?」
 すっと顔をのぞかせたのは、友人であり仕事仲間の久保田くんだった。
 彼は、レジャーシートを敷かない花見にずっと文句を言っている。
「鑑定かな、久保田くん?」
「ああ、新しい事件だ」
 無遠慮にオフィス内へ侵入してきた久保田くんは、ふと私のデスクに置かれた黄色の折り鶴を手に取った。
「今度は折り紙にはまっているのか?」
 そう言いながら、彼は私のオフィスに広げられたペーパー・ジュラシックパークに苦笑した。
「……まあね」
 私は、仕事に取り掛かるときにそのほかの話をされるのは好まない。したがって、返事はそっけなくなる。
 しかし、久保田くんは構わない。さすが、付き合いが長いだけはある。
「高科も、不器用なところがあるんだな。完璧主義者だと思っていたが」
「うるさいな。それより、事件の概要は?」
「殺人事件だ。資料がたくさんあるから、こっちで説明する。来い」
「わかった」
 私はイスの背もたれにかけていた白衣を羽織り、仕事にとりかかる準備を整えた。
「高校からの仲だけど、やっぱりお前って変人だよな」
 久保田くんは、黄色の鶴を元に戻した代わりに、グレーのプテラノドンをつついた。
 人の傑作に、なんてことをするんだ。角が曲がりでもしたらどうするつもりなのか。
 私は、不機嫌を久保田くんにぶつけた。
「それを言うならさ。君だって、今も“本能寺の変@平等院鳳凰堂”なんてことがわざわざ筆で書かれたらしい木製のストラップを携帯につけているじゃないか。
本能寺の変は明智光秀に裏切られた織田信長が本能寺で自害した出来事を指しているんだよ。平等院鳳凰堂は、れっきとした世界遺産だし、今では同じ京都府内にあるとはいえ、本能寺とは地理的に離れているし、なにより意味不明じゃないか! 大化の改新がルクセンブルクで行われた政治改革だとでもいうのか!?」
「べ、別にいいだろ。弟からの修学旅行のお土産なんだから」
 すると、彼はふと何かに気がついたらしく、私に咎めるような視線を浴びせる。
「ああ、そうか。今日は金曜日だったな。また“あの事件”の子と……」
「君には関係ないだろう?」
 私は、わざと言葉の温度を最低にして応えた。
「へいへい、悪かったな」
 私は、そう言い残してオフィスから出た久保田くんが置き直した折り鶴に一瞬だけ目をやった。
 ――あの折り鶴。
 外見はくしゃっとしているところが少々あり、角がずれているところがあるものの、少し分解すると角がきっちり合わせられ、折り目がまっすぐな面が見える。
 そう、綺麗に折られているのを上手に隠している。
 まるで、あの子自身を表しているようだ。
 鑑定をひと段落させた私は、作成した鑑定書を提出する前に不備が無いか確認をしながら、チョコレートで小腹を満たす。
 その一方で、私はあの子にプレゼントした花柄のノートのことを考えていた。
「難しかったかな、六歳の子どもには……」
 あの子の名前は、さえ。アルファベット表記にすると、Sae。
 SからSpring(春)、aeから四枚の花弁をもつ花を連想した。
 だから、“春の花”と題が着けられたノートを選んだ。
 しかし……ふと考えてみると、英語と触れ合い始めるのは若年化しているが、本格的に習うのは早くても小学生の中でも高学年の生徒や外部で習い事をしているような子どもたち。
 はたして、あの子は……。
 一瞬、悪いことをしたと後悔したが、来週会うときに解説してやればいいか、とすぐに思い直した。
 それより、先ほど良い問題を思いついたんだ。メモしておこう。
 私は、桜色の折り紙をデスクの隅から手繰り寄せて、その白い面に鉛筆で適当な円を描いた。
 そして、その円周上になんとなく等間隔となるように七つのひらがな

――時計回りに お、さ、む、よ、お、ひ、うぃ――を配置した。

 私は、鉛筆を置いた。加えて、それを自分の前に静置した。
 思わず口角を上げて目を細めた。
 よし……。これで、自信作の完成だ……と。

(終)





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