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いちごモンブランは邪道なのか

目次

01

「いちごとの馴れ初めは?」

「……今日よく寝たの?」

 インターホン越しに戸惑いを隠せない声が聞こえてきた。

「大丈夫です。それで、馴れ初めは?」

「え、いや、特には……学生時代、歴史取ってた友人が本能寺の変のイラスト書いてたことくらいかな」

「いちごと戦国武将好きだったんですか、そのご友人」

「んー、どうなんだろう。本能寺の炎をイチゴパンツで消そうとしている感じのイラストだったから印象には残ったんだと思う」

「ちょっとよくわかんないんですけど、ヤバいことはわかりました」

「ね。本人も後日、宙に舞うイチゴパンツの数の多さに驚いてたし。高3の秋終わりだったから、さすがに疲れてたんじゃない? それで、どうしたの?」

「管理人さんが仕事中で忖度してもらえないんです。寒さ限界なので開けてください」

「じゃあ気になる雑談始めるのやめようね。ほら、早くおいで」

 全音符の電子音の後、セキュリティドアが動作した。外気から逃げるようにしてマンションへ。動く箱で文明の利器のぬくもりに、目的階のエレベーターホールで自然の厳しさに触れた。マフラーに顔をうずめながらオフィスへ急ぐと、珍しく鍵が閉められていた。密室殺人でもあったのだろうか……と、期待したものの。すぐにスーツ姿の探偵が現れた。

「本当だ、外寒いね。風もある」

「ショートケーキ、タルト、プリン……何を連想しますか?」

 玄関に体を滑りこませ、ローファーを脱ぎながら尋ねると

「また夜更かし? 寝る?」

「いえ、目覚められないかもしれないので」

吹雪で閉ざされた雪山クローズドサークルじゃあないんだから。ほら、ハンモック使っていいよ」

「ベッドはだめなんですか?」

「書類とともに眠りたいなら」

「再来週が楽しみです」と答えたものの「寺尾さん、あなたどこで寝てるんです?」人の睡眠時間を心配する前に自身の睡眠の質を気にかけてしかるべきだ。適当に誤魔化されるうちにリビング兼応接場に到着すると、二名の来訪者が視界にはいった。

「黛さん、高橋さん。お疲れ様です。本日は……ご連絡くださった“ご相談”についてですか?」

「なんで日野くんが知ってるの?」

「お忘れですか?」

「お忘れですよ?」

「さすがポンコツ探偵。抜かりありますね」

「わー、相変わらず余計な言葉」

「協力依頼の電話があったという話を、五日前にしましたが?」

「俺、返事した?」

「今はムリだから数日以内に面会取りつけて、と。確かにおっしゃいましたが?」

「すごいね、まったく記憶にない!」

「本業そっちのけで副業がお忙しかったですからね。無理もありませんよ」

 不満そうな視線を無視して「すぐにお飲み物用意しますね。おふたりともコーヒーでよろしいでしょうか?」と刑事らに尋ねた。遠慮されたが、用意することにした。この寺尾さん相手では僕が軽く説明した概要すら聞こえていなかっただろうから、もしくは、覚えていないだろうから。キッチンへついてこようとした探偵を刑事らの前に座らせて。
 ひとつ、あくびをした。

 さて。
 飲み物を用意しながら簡単に振り返ろう――表現するならば、密室窃盗未遂事件。盗まれたものは何もないが、侵入の痕跡は残っている。一方、なぜか開けられた出入口も窓も、鍵が開けられた痕跡さえ無い。
 要するに。
 玄関ロックが外されていたこと、窓ガラスに細工された痕跡が確認されなかったことから、犯人は玄関の鍵をピッキングして侵入。家屋を物色した後、何も盗ることなく玄関から脱出。逆ピッキングとでもいうのだろうか、玄関の鍵を閉め直して逃走した……と。刑事らは見ているらしい。
 当然、窃盗犯がご丁寧に鍵を閉め直すなど聞いたこともないし、現場に必要以上の待機なんていたずらに犯行露呈の可能性を上げるだけなのだからさっさと逃走するものだろう。結局何も盗んでいないから犯行を隠し通せると思ったのか、それだけ冷静ならば犯行の痕跡を隠滅できるのではなかろうか。……と。このように、素人の推理には限界がある。与えられた情報量が少ないこともあるが、今回はあくまで“ご相談”であって事件化はされていない。そのような内容がなぜ警察官によってこのオフィスに持ち込まれたのか。
 スコットランドヤードにシャーロックホームズあり。ならば、神奈川県警にはこの人・・・あり。
 以前、とある事件を解決へ導いた大学生へ贈られた賞賛。ここで登場する人物は、ポンコツが目立ってしまっている彼――寺尾咲希てらおしょうき、その人である。
 文字で言い訳したところで無意味なので、まあ、彼の推理をご覧いただこう。もう事件概要の共有は終わっているはずだ。

「おまたせしました」

 コーヒーカップを片手にまとめて三つ、オプションを収めたケースをもう一方の手にひとつ。それぞれをテーブルに並べた。
「どこまで知ってる?」寺尾さんに尋ねられて「お電話でお伺いした程度です」と答えた。

「そっか。じゃあ、写真とかはまだだよね。これからご相談者さんにお会いすることになってるのは?」

「はい?」

 高橋刑事に視線で問うと苦笑交じりに「ご夫妻が今週も“ご相談”に赴いてくださるんだよ。昨日の電話に出たのは寺尾くんだったかな」と返答された。

「僕、知る由ないじゃないですか。しっかりしてくださいよ」

 不満を込めた視線を向けると現場写真で遮断された。現場の写真をいくつか受け取り目を通した。外国風の特徴的な二階建て邸宅、低い柵、邸宅に隣接する豊かな緑――明確に見覚えがあった。

「あの、ご相談者のお名前は」

「すまないが、明かすわけには……」

「ああ、いえ、そうですよね。個人情報ですから。でも、ここって横浜市中区の山手町……あー、失礼。住所言ってみてもいいですか?」

「日野くん、もう八割くらい言ってるよ。何、知ってる人の家? 確かにあまり日本じゃあ見ない建築だとは思うけれど」

「学校で妹がお世話になっている先輩のお宅だと思います。ご相談に訪れた西元ご夫妻には、高校生のひとり娘がいらっしゃるのでは?」

「ちょっと待って、情報過多。整理していい?」

「書類整理できない方が?」

「書類と情報は別だって。それにさ、これでも本職は探偵だよ?」

「冠する名は“副業の探偵”ですけれどね」

「……」

「すみません。続けてください」

 両手を上げて降参すると、膝を抱えていた探偵は居住まいを正した。

「奥様が異変に気がついたのは一四日水曜日。タオルの洗濯量が多かったこと。相談者はご夫妻と娘さんの三人家族だから気がつける可能性は高い内容だよね」

「はい。異変と感じたということは普段ならあり得ないこと、または、そのような結果が起こる事象は無かったと判断したわけですからね」

「そして昨日……水曜日だね……奥様いわく、冷蔵庫の食料が減っていた。ご主人いわく、玄関に飾ってある花瓶の位置が動いていた」

「家具や装飾が家人の知らぬ間に移動、食糧の減少……屋根裏に何者か潜んでいるので?」

「ははは、どこかの推理小説みたいな展開だね」

「さすがに現代日本ではありえませんよね。高級住宅地ということもありますから、セキュリティも堅いでしょうし」

「そうだとは思うけどさ。これじゃあ、あくまでも、出入りについて玄関以外とは断定できない。玄関ロックが外されているし、該当日近辺で地震や自然災害は見られないことから花瓶の移動は人為的なものだろうし……」

 寺尾さんからの視線を受けて資料を返却した。書類、写真類を整えて刑事らに差し出しながら所見の一端を告げる。

「……セキュリティが正しく機能しているかどうか。ご夫婦にご確認してからでなければ予断が生じかねませんね。いずれにしろ、結論は急げません。数分ほどお待ちください。すぐに用意を整えます」

 コーヒーカップを傾けテーブルに静置。一礼すると探偵はリビングを後にする。刑事らのコーヒーカップを片づけるついでに彼の書斎を覗くと、ネクタイを首に掛けたところだった。

「すみません、伝え忘れるとこだったんですけど、以前頼まれたやつまとめ終わりました。二〇一五年の春、これで完了です」

「本当。ありがとね、分量どれくらい?」

「いつもどおりWordファイルで作成して、PDFで七八ページに収まりました。共有、大丈夫ですか?」

「んー、ごめん。今度でもいい? データは領収書含めて確定申告の時期になったら整理する予定だし、外部依頼のデータ類と混ざると困るからさ」

「わかりました。では、来年度になる前にまたリマインドします。話は変わりますが、寺尾さんのことですから整理は大晦日前から始める必要があるのでは?」

「あはは、今日から始めたほうがいいってこと?」

「ご明察です。あと、ネクタイ曲がってます」

「……俺もうネクタイとわかり合えないんだと思う。無理だもん」

「中学高校どうしてたんですか」手を伸ばすと大人しく直させてくれた。

「もちろん曲がったまま卒業したけど?」

 だから黙っていれば中学生と揶揄されるのだと言おうとしたが、拗ねられると刑事らに迷惑が掛かりかねないので控えた。

「あ、そっか。いちごか」

「何の話です?」

「さっきのスイーツたち……ショートケーキ、タルト、プリン……あの三つを共通して連想させるのは、いちごだろう? ショートケーキといえばいちご、いちごタルトもメジャーだし、いちごプリンもある」

「お見事です」

「スイーツなら何でもござれって感じで頼もしいよね。失敗が少ない印象。そうだ、ねえ。クリスマス近いし、何か買おうか。リクエストは?」

「あー、いえ。僕もこれから少し外出してきます」

「え? だったら一緒に現場行こうよ。人見知りなのはわかってるけどさ、書店くらい近くにあるよ?」

「それも構わないと言えば構いませんが……」女の子がするとかわいらしい首をかしげるしぐさ。違和感なくして見せる成人男性はなかなかいないだろうと苦笑を隠しつつ外出の理由を伝えた。



「探偵が王道で謎を解明するなら、助手は邪道を試してみたくなるものです」




02

 制服姿だったので「忘れ物したので戻ってきました」と守衛さんに告げると「気をつけてね」と返されただけで校内へ問題なく入れた。翔衛学園のエントランスに掲げられた時計は一七時四五分ころを示していた。日がすっかり落ちているとはいえ、室内は暖房がきいている。外したマフラーをカバンに押し込み、コートのボタンを外した。
 アリーナへ足を運ぶと案の定、部活動の最中だった。木曜日なので、男子バスケ部と男子バレー部が半分ずつ使用している。飛び交うバレーボールに気をつけながらネットの仕切りを越えてバスケ部のエリアに足を踏み入れた。

「受験勉強はよろしいんですか?」

 手始めに顔なじみの三年生の柊先輩に声をかけると「ん。推薦取れた」ペットボトルのふたを閉めながら何でもないように返答してもらった。

「そうでしたか。おめでとうございます」

「水島はスポ薦だし。真面目にセンター試験と二次試験に挑むのは唯花だけ」

「では渡辺先輩はいらして」

「いや。あっち。今日は気晴らしだって」

 柊先輩が指図するその先……中学生だろうか、数名の女子生徒に囲まれた渡辺先輩がいらっしゃった。ふと“運営会長”としてのノルマを思い出した。

「そういえば。お写真一枚、よろしいですか?」

「SNS?」

「はい」

 ポケットからスマホを取り出して構えようとしたとき。スマホを取り上げられて驚く間もなく肩を引き寄せられてカシャリ。

「これならいいよ。じゃ」

 確認するまもなく柊先輩はコートに戻ってしまった。返されたスマホの写真ホルダを確認すると、想像通りの写真。
 どうしよう。目に横線入れようか。いや、ぼかせば……おっと、まるで犯罪者。これはまずい。これはまずい。

「なーにしてるの?」

「渡辺先輩、お久しぶりです」

「お? 日野会長もついに自己プロデュース?」

「いえ。文明に頼ってどうにか自分を消せないかと」

「え? いやいや、この構図じゃあ大聖がかわいそうな人になっちゃうでしょ。諦めよ?」

「人類の歴史は諦めないことから紡がれてきたのであって」

「あー、はいはい。がんばって。ちなみに、肇に入れ替えちゃダメだよ」

「え?」

「肇相手じゃあいつこんな良い笑顔しないから、絶対。心ならワンチャンあるけど、残念、体格違いすぎ」

「……そんなことあります?」

「大聖、推薦決まったの昨日だからね。珍しくテンションうざいよ」

 なるほど、それで自撮りツーショなんてもの撮りやがったわけですか。次の瞬間、電話――寺尾さんからだった。「すみません」と断り距離を取った。

「日野です。どうしました?」

「現場見終わったところー。日野くんは……学校? 忘れ物でもしたの?」

「ええ、まあ。広い意味ではそうなります」

「そっか。今、話していい?」

「はい、大丈夫です。いかがでした?」

「方法はあるにはあるんだけど、実行者がわからない」

「方法というのは密室を成立させる方法のこと、実行者というのは密室を成立させた人物のことですか?」

「そう、そういうこと。夫妻に現場を見せてもらったんだよ。鍵穴周辺に不審な傷などは見られなかったし、鍵の引っかかりもなかったから、ピッキングで開錠後の侵入・脱出後の施錠が実行された可能性は低い。その代わりに、庭の木の幹に一五センチにも満たない幅の擦れがあった。わかる? 写真の大きな木のこと」

「わかりますよ。確かに、二階に隣接していました。でしたら、何者かが幹から木に登ったかもしれないですね。枝の強度が問題なければ、そこから室内へ侵入可能だったということですか?」

「うん。三〇代の男女は密かに自宅の木に登る理由がないし、個別に質問してみたらお二人ともただひたすらに困惑されてたからご夫妻によるものではないと思う。だから、第三者がいると仮定したとき、窓の鍵が開いていれば木を登って侵入した可能性のほうが高いよね」

「密室崩壊じゃないですか」

「ところが、まだ崩壊しないの。一階はリビングやバスルーム、夫妻の寝室。二階は娘さんの部屋、書斎、ゲストルーム。受験を来年に控えた娘さんにはバレないように一階を重点的にセキュリティ強化したらしい。夫妻によると、部外者が無理に開けようとしたり、外から開けられたりしたらセンサーが反応してセキュリティが作動するんだって。警戒音が鳴り響くし、記録にも残る。確認したところセキュリティに異常無し、記録にも不審点は見られなかった」

「外からひとりで開けられない。つまり、事前に内部に協力者が侵入していた?」

「んー……それが唯一だとは思うんだけれどさ。侵入という表現が正しいか、正直、自信ない」

「何故ですか?」

「当該日――先週と今週の火曜日および水曜日ってことね? いつもどおり奥様はお弁当作りで五時には起床しているし、旦那様は出勤・帰宅は変わらず八時・二一時。夫妻が今朝娘さんに確認してみたところ彼女の就寝は平均二三時直前、試験が近かったからもう少し遅かったそうだけど、日付けは変わる前とのこと。ご夫妻も規則正しく二三時には就寝している。まあ、翌日も普通に平日だからね。
 そうなると、侵入者は二三時から五時までの最大六時間で何をするつもりだったか・何をしたのか。あと、内部の協力者とは何者か。結局は何も盗まれていないなら窃盗の線は薄いし。日野くんが言ってた推理小説的展開の可能性を潰したくて邸宅内を調べさせてほしいって打診したら許可してくれたし……旦那様は真面目な裁判官、奥様は天然で穏やかな方。職業や人柄ですべてを判断できるとは思わないけれど、普通の家庭――過不足なく、そうだと判断した」

「高級住宅に危険を顧みず侵入した理由がわからなければ当該者の指名は困難だということですね?」

「まあ、うん……そうなるよね」

「寺尾さんの人物分析には誰もが一目置いています。だから刑事さんたちが相談にいらしたんですよ。ただ、あなたは完璧からはほど遠くていらっしゃいます」

「存じ上げてますけど?」

「本当ですか、ひと安心です。ところで、ご夫妻の交友関係についてはいかがでしたか?」

「問題無し。それを踏まえて、普通の家庭だと言ったんだよ」

「そうですよね。でしたら、ご夫妻から見た娘さんの交友関係については?」

「健全だよ。まったく知らないわけでも、完全に支配しているわけでも無い。思春期の子ども相手にうまく軋轢を避けている。ああ、旦那様の懇意にしている方のご子息と婚約関係にあるみたいだけど、娘さんの高校卒業前に……別離? 離婚?」

「婚約は破棄するものです」

「ああ、うん。破棄するつもりらしいね」

「理由は? 何か問題が生じたんでしょうか?」

「いや。そういう感じでは……――もとは親同士で勝手に決めたもの。むこうの倅が乗り気であろうとこちらは娘の意志を優先させる。 そうね、セイラちゃんも好きな人がいるかもしれないし。 心当たりがあるのか? ふふっ、女は恋してさらに美しく」

「もう大丈夫です。気色悪いのでやめてください」

「オブラートって知ってる?」

「おかげさまで大方の事情はわかりました。ありがとうございます」

「ねえ」

「すみません、ちょっとわからないです。ところで、寺尾さんは今からご帰還ですか?」

「うん。高橋刑事には考えを検証するからまた明日って伝えた」

「でしたら、僕もこれからオフィスに戻ります」

「本当? わかった。ケーキ冷蔵庫に入れておくから好きなときに食べてね」

「ケーキですか?」

「いちごのモンブラン! 駅前で見かけてさ、タイムリーだと思って買っちゃった」

「驕りですか?」

「もちろん。あっ、ひとつは俺のだから両方は食べないでね」

「はい、僕はふたつも食べません・・・・・・・・・・・。では、ありがとうございます」

 通話を切り、考える。
 良くも悪くも、西元夫人は天然で穏やかな方――妹が遊びに行ったときと変わらぬ様子で刑事らに対応したならば、寺尾さんと僕の認識の差異は大きくないだろう。印象を修正する必要がないことに安心した。スマホをポケットに滑り込ませてからカバンからルーズリーフを一枚。胸ポケットのペンをノックして文章を認める。書き終わって二つ折りにしたものをスマホと反対のポケットに押し込んだ。ペンをもとの位置に引っ掛け、渡辺先輩のもとへ戻り「すみません」と謝罪をした。

「お忙しいようで」

「先輩ほどでは。そういえば、もうすぐクリスマスですよね」

「日野くん恋人いないの?」

「年齢イコールってやつですが?」

「え? 本当? やば、マジ?」

「恐縮です」

「まー、そっか。あやちゃんとDNA一緒だもんね。見ている分には面白いけど、反面、哀れでならない」

「ガチトーンやめてください」

「だったらあのふたりどうにかしてくれる? 交際の概念歪む。それを入部からずっと見せられる今の中学生に申し訳立たない」

「そのようなことを言われましても、あやと智博なんですから大目に見てください。他にはいらっしゃらないんですか?」

「だったらこんなこと言わないよ。肇は友人の域を出られないし、大聖の鈍感さはもう諦めるしかないし。田村と森園は論外、高校で入ってきたふたりもあっという間にすっかり毒されちゃって」

「マネージャーの方々は?」

「そうだね。心は奥手であれを相手にしてるくせして今の関係に甘んじているし、星良は興味無さげ……いや、高校上がってからは外見気にかけてるし、恋人は欲しいのかな? 髪型も、中学の頃はひとつにまとめてるだけだったのに。高校デビューの可能性もあるけれど、だったら今くらいの長さで流してる女子のほうが多いよ。あんなに手のかかる編み込み、遊びに行くときとかくらいしかしないよね」

「お見事な推理ですね」

「ありがとう。で、あやちゃんは言わずもがな」

「無理です、手の施しようがありません。渡辺先輩はいかがなんです?」

「あれ? 煽るの得意なことは知ってたけど、喧嘩売るのも好きなの?」

「いいえ、滅相もございません」

 人のことを天然・鈍感と称するわりには……。

「日野くん?」

 忘れていた、先輩は読心術の師範だった。ひとまず、笑みには笑みを、で誤魔化す。大丈夫、そこまで引きつっていないはず。こちとら希代の天才子役にしごかれた身――仮面は崩れていないだろう。

「センター、ひと月切りましたね。いかがです?」

「……本当、反撃重いって」

「あはは。再来年を思うと僕だって気が重いですよ」

「学年二位が何言ってるの」

 不満が込められた視線に「あれが妹じゃあそれくらいの成績とらないと精神面きついんですよ」と返答。無事、納得してもらえた。
「あの、先輩」濃い面識はないので中学生の女子マネージャーだろう。遠慮されているらしかったので「では、失礼します」と暇を告げて、謝罪の意を込めて後輩に笑みを向けた。

 続いて。
 ボール拭きをしているところへ足を運び「手伝いますよ」としゃがみこんだ。

「いいの?」

「はい。西元先輩おひとりでは大変でしょう?」

「ありがとう。これ使って」

「どうも」受け取ったビニール手袋を装着し、布でバスケットボールの表面を軽くこするようにして洗浄していく。これまで何度か手伝ったことがあるのでそれなりに要領は得ているだろう。やがて完了し、すべてのボールを元に戻し終えた。

「あ、そういえば」

「自販機で良いなら奢るよ」

「いえ、そうではなくて。西元先輩、これからお時間ありますか?」

「部活終わりってことなら、門限まだ大丈夫だけど。どうしたの?」

「いえ、大したことではありません」と前置きして一拍おいた。

「いちごモンブラン。ふたつあるので彼氏さんとご一緒にいかがかな・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・、と思いましてね」

「っ?」瞬間、先輩の視線が泳いだ。
 さて。振り返り、彼女の視線から察するに……

「男バレの黄色ゼッケン15の方ですか。なるほど。男バスでいうと、柊先輩と森園先輩を足して2で割ったところにスパイスとして渡辺先輩を加えたタイプですね。お似合いだと思いますよ」

 西元先輩は基本的にポーカーフェイスなので、こちらは小細工で隙を攻めなければならない。これで通じるかどうか定かではなかったが、今回は収穫有り。十分すぎる戦果であることは、彼女の表情を見れば明らかだった。

「なんで……」

「場所を移しましょうか」

 答えを待たず、西元先輩の手首を掴んで出入口へと足を進めた。

「え。ちょっと、待って……!」

 退室する直前、誰かの強い視線を感じた。





「ねえ、日野くん……!」しばらく廊下を進み、階段下へ。西元先輩からぱっと手を放し、振り向いた。

「ご両親が警察にご相談にいらしたんですよ。先週、今週の二度も」

「えっ?」

「盗まれたものは無いが侵入された形式は残されている、と。鍵はちゃんとかけられていたこともあり、まだ事件としては扱われていません。原因に……」

 西元先輩の答えを聞く前に、廊下を駆ける足音が聞こえてきたので言葉を切った。曲がり角から姿を表したのは、黄色のゼッケンを着たままのバレーボール部の先輩だ。僕らの姿を認めると、緩めた歩速を再度上げた。

「はじめまして。日野真記と申します」

「あ、えと……はじめまして? 久遠くおんです、ども?」

 微笑む努力をしているものの、若干表情は硬い。切長の瞳から敵意を感じる。

「どうも。ところで、先輩方。寝不足の理由は、試験勉強でしょうか? それとも、やはり昨日未明の“ロミジュリごっこ”ですか?」

 いつの間にか久遠先輩は自然と西元先輩を背にかばっていた。モテる男子はこういうところが生来備わっているものなのだろう。同じ人間であることが若干申し訳ないが、今は気にしないようにする。

「え? 『ロミオとジュリエット』を、ご存知ない? シェイクスピアが著した不朽の古典名作ですよ?」

 少女に意見を求めるようにして振り向く久遠先輩へ「西元先輩からは何も」と告げた。

「ただ、彼女のご両親が侵入された痕跡に怯えていらっしゃいます」

「あ……」

「お心当たりはあるんですね?」




03

 バスケ部・バレー部の終礼が完了するのはおおよそ同時だった。年内最後の部活動ということで、どちらも年明けの共有内容が多かったのだろう。他の部員と電車が重ならないように時間を空けて電車に乗った。気まずさ耐性について自負があるのでおふたりの観察を続けていた。平野先輩のおっしゃるとおり、西本先輩の黒髪はなかなかきれいに編み込まれている。この時間まで崩れていないならば今朝の仕事は丁寧に時間をかけたのだろう。先ほどから一度も目が合わないのは彼女が意識的に通学カバンのストラップを見つめているからだ。視線を感じたほうへ返すと、久遠先輩とは目が合った。まず目が移ったのは彼のつけている紺色のマフラーだった。明らかにお手製……既製品ではない。丁寧には作られているだろう。一方、目ざとく細かいところを探すと粗が見える。

「何?」

「いえ、なんでもありません。ご気分を害しました?」

「いや、別に……」

 おっと、どちらの先輩とも視線が合わなくなりました。
 そんな調子で、オフィスが位置するマンションに到着。今回は管理人さんに気づいてもらえたのですんなり入ることができた。寺尾さんへの通知は管理人さんに一任してエレベーターに乗り込んだ。
 オフィスの玄関前チャイムを鳴らすと、すぐに探偵は姿を表した。

「日野くん日野くん! 買えたよ、ふたつ! 〈lumière douilletルミエール ドゥイエ〉ってケーキ屋さん! こういうのは日を越すと……」

 ケーキの箱を片手に。曲がったネクタイを見るに、外そうとして諦めた結果だろう。

「……こんばんは?」
「あ……えっと、こんばんは」
「こんばんは」
「西元先輩、久遠先輩。こちら探偵の寺尾さんです。件の相談を捜査しています。寺尾さん、こちら僕の学校の先輩方です」

 三人の初対面を拍手で祝福しておいた。続いて、差し出された箱を取り上げて含意の無い笑みを浮かべてみせる。

「ありがとうございます、寺尾さん。さ、おふたりもどうぞおあがりください」

 陽が落ちると一層寒い。室内へ逃げ込む。その後ろを駆け足で寺尾さんがついてきた。

「ねえ、日野くん?」

「広義の忘れ物です」

「本当、言葉選び……。無責任すぎない? 最近の高校生ってこういう感じなの?」

「ひとりから全体を推し量らないほうがよろしいかと。ちなみに、本件の重要参考人ですよ」

「いや、日野くん。あのさ……西元ご夫妻の娘さんで、お隣の彼はご友人ね。わかった。うん、参考人なのね。よし、話を聞こう! そのまえに、ケーキ。わかったから、ふたりは君の先輩でご相談についてキーパーソン。ケーキは今はまだ」

 ケーキの箱を取り返されそうになり、死守した。これでもバスケットボール部マネージャーの兄である。

「これ、僕らのじゃありませんよ。とりあえず、年末近いので寺尾さんは寝室のお片づけしてもらえます?」

「でも、日野くん、それ……俺の奢りだよ?」

「あー、なるほどです。寺尾さんと僕の間には奢るの概念に齟齬が生じてますね。僕、一度でも一緒に食べましょうなんて言いました?」

「言ってないけど……待って、でもさ」

僕はふたつも食べません・・・・・・・・・・・。寺尾さんの分については言及していません」

「……期間限定だよ? 絶対おいしいよ?」

「そうですか。では、期間内にまた買いに行きましょう。さ、あなたは寝室のお片づけです。ひとりでできないならば、応援しましょうか?」

 おとなしく書斎へ消えて行った寺尾さんを見送り、先輩方へ聞かなければならないことを思い出した。

「おふたりとも、コーヒーって飲めますか?」




04

 いちごモンブラン。栗で見慣れているためか、いちごver.は新鮮だ。〈lumière douilletルミエール ドゥイエ〉といえば、ハチミツ専門店。外見からではどこにご自慢ハニーを使っているかわからないが、まあ、どこかしら使っているのだろう。
 皿に移してフォークや飲み物の用意を整えてトレーに載せた。久遠先輩はコーヒーが苦手だということで紅茶である。まあ、紅茶にしたところで飲めるか確認し忘れたけど。リア充の会話を遮ったら、ほら、暗殺されると聞いたことがあるので。
 話が長くなることを予想して自分用のマグカップには水を注いだ。冬はナチュラルに脱水症状を引き起こすからとうるさい探偵がいるので、パフォーマンス。
 ソファーに腰を下ろす先輩方のはす向かいに待機させていたスツールを足でうまく移動させた。

「日野くん、あの……」

 スイーツや食器の配置を完了したころ、西元先輩が話を切り出そうとする。が、そのまま口ごもる。話しやすい環境を整えるためにも、まずは心配事項を解消しよう。

「僕からご両親へ何かお話しすることはありませんよ。あくまでもアルバイト先の上司の仕事です」

 ようやく先輩と目が合った。

「おっと、しまった。学校、事情がない限りアルバイト禁止でしたね。事情があろうと申請が必要だったはず。やらかしました、茶髪の申請以外はしていません。おふたりのことはナイショにするので、どうか僕のアルバイトもナイショに――ということで、いかがでしょう?」

「でも、日野くんが知ってるってことは唯花ちゃん知ってるよね」

「いいえ。渡辺先輩に確認しましたが、妹と智博のこと茶化されただけでしたよ。先輩について昨年度から非常に身だしなみに気を使われだしたことには気がついていらっしゃいましたが、それだけのようです」

 安堵らしく、そっと一息ついた。それを合図にして“ご相談”について尋ねることにした。

「間違っていたら指摘していただくようお願いしますね。まずは先週。火曜日の真夜中から水曜日の未明にかけて。ご自宅を訪問した久遠先輩を西元先輩は家へ上げようとした。それで、木登りしてもらって、窓から招き入れた」

「急な雨で濡れていたからタオルを貸したかったんだけど、時間的に父親がまだ起きてるかもしれなかったから一階には下りられなかったの。危ないって止めたんだけど」

「俺がいけるっつって、登った。足滑ったときは焦ったけど、何とかなって」

「では、枝が折れることは無かったんですね。お怪我がなくてなによりです。あの、それから、本当にケーキどうぞ。また別の機会に買うのでお構いなく。……改めまして。当日、久遠先輩が訪問したのはおよそ二一時から二三時ですよね。どの窓から室内へ?」

「書斎。私の部屋の隣で、書斎のほうが太い枝が近いから」

「どうやって伝えたんですか? 夜中ですから大きな声は出せませんよね。あ、通話ですか?」

「いや。真夜中の徘徊は親にバレるとめんどいから家にスマホ置いてってた。木登りしようとしたら星良が別の木を指さしたから、そっちに変えただけ」

「西元先輩は久遠先輩がいらっしゃることをご存じだったんですか? 久遠先輩は気づかれなければ雨に降られているだけですよね? それとも、先週の時点で初めてでは無かったとか?」

「いや、先週が初めてだったけど、なんか家の前に到着したときちょうど星良が窓の外を見てたから目が合った感じ」

 わぁ。双子のテレパシー実験よりも恋人のテレパシー実験のほうが成功率高いのではなかろうか。
 しかし、問題は……この場合、住居侵入と判断されるのだろうか。構成要件は、“正当な理由”無くして、人の住居・看守する邸宅・建造物・艦船に対して“侵入”した場合であり、そのときはじめて住居侵入罪が適用される。侵入といわれると、敷地内へ無理に入ったというイメージになる。他方、西元先輩が拒否・制止すれば久遠先輩は彼女の顔を見れたことに満足して敷地内へ入ることなく帰宅したのではないだろうか――そこに、双方の同意はあったはず。また、恋人の逢瀬は正当な理由か否か……まだ“ご相談”の段階で事件としては扱われていないから、対応はどうにかなるだろう。(わからないことは寺尾さんわかる人物に一任するので、どうにかしてもらう、と表現するほうが正確である。)

「なるほどです。要するに、その瞬間には、庭に佇み窓を見上げる久遠先輩。窓から庭を見下ろす西元先輩。視線の先にはそれぞれお互いがいたんですね」

 首肯。顔を見合わせ戸惑いつつもフォークを手に取ったふたりを前に話を続けた。

「『ロミオとジュリエット』の有名なワンシーンにかけて適当に“ロミジュリごっこ”と申し上げましたが、当たらずも遠からずでしょうか?」

「正確に言うと的中してる」

「え、本当ですか? 本当に――ああ、ロミオ。あなたはどうして」

「そこまではやってない」

 若干かぶせるようにして西元先輩が訂正する。さすがに恋人フィルターがかかっていようと黒歴史級の言動は控えているのか。一方、訝しむ視線に「はい?」と首をかしげる。「何部?」と尋ねられたので「調査技術研究会です」と答えた。納得か疑問解消か、質問は重ねられなかったので話を戻した。

「雨が降る暗闇の中で成功した“ロミジュリごっこ”ですが、お帰りは何時ごろだったんですか?」

「会いたかっただけだからすぐに帰ったよ。ね?」

「二時になる前くらいかな」

「だったかな」

 少なくとも二三時~翌・二時の少なくとも三時間程度。長いとみるか短いとみるか。非リアは知る由もない。知らないものは知らない。

「窓ですか? 玄関ですか?」

「さすがに両親寝てるから、そっと一階に降りて玄関使ってもらったよ」

「窓からいけるっつったんだけどね」

「そうですか。西元先輩の判断をご支持します」

 どこか拗ねたような久遠先輩、勝ち誇ったような自慢げな表情の西元先輩。視線の先にはお互いがいる。この空気感を邪魔すると暗殺者がやってくるのだろう。おとなしく虚空を見つめるに限る。ん? 甘いな、この水。蛍集まるかな。そういえば、温かいもののほうが甘味を感じやすいんだっけ? よし、今度からは凍らせよう。

「ああ、そうだ。心当たりないかって言ってたよね? それなんだけどさ、今週は玄関でちょっとこけて花瓶落としちゃったんだよね」

「え? お怪我は? 破砕音は?」

「ハサイオ……? ああ、破砕ね。割ってないよ。キャッチした」

「ああ、本当ですか。さすがバレー部ですね」

「もとには戻したけれど、まあ、ずれてたってことだよね」

「そういうことですね。少々、時を遡りますね。今週も、久遠先輩は同様に木に登って書斎の窓から室内へ?」

「そうだね。スマホ持ってなかったけど、時間も同じくらいだったと思う」

 おそらく、冷蔵庫の食料が減っていたのは、今週は濡れた体を拭く代わりに軽く飲食したからだろう。

「日が変わる前に訪問、翌日未明にご帰宅ですか。さすが運動部、身体能力・体力、羨ましい限りです」

「日野くんなかなかアレだからね」西元先輩が言葉を選ぼうとして失敗なさった。「それフォローになっていません」と返しつつ、話を進めた。

「しかしながら……いくら運動部所属で身体能力や体力に自負があるとはいえ、暗闇の中で地上数メートルに到達するのはもちろん、枝を太さを基準に安全だと断ずるのは危険です。日があるうち……いえ、木に登らずとも、玄関から出入りすれば済む話でしょう? そもそも、なぜ久遠先輩は真夜中に西元先輩のお宅へ?
 あなた方のことですから とりま危険を冒したほうがテンション上がるよね☆ と、くそみたいな理由をほざくわけではないのでしょう?」

 久遠先輩は表情を強張らせると、沈黙して隣の少女を心配そうにそっと見つめる。本来、公認・・であれば何も問題はない。年頃の子どもが異性を家に招こうが何しようが「お子さんをください」しようが、そのふたりの仲が公認であれば不審には思われない。実際、僕が知る限り、西元先輩はバスケ部メンバーを自宅へ複数回招待している。それは、西元ご夫妻が娘の所属する部活動や部員を認識したうえで招待を了承しているからできること。だからこそ、西元ご夫妻が久遠先輩のことを認識していれば、彼の常識的な西元家訪問は可能だろう。
 たかが未成年の学生。何をするにも保護者の許可は基本的に欠かせないのだから。

「余計なお世話ですが、なぜ隠していらっしゃるんですか?」

「……」

「星良の両親、なかなか厳しい方々でね。許婚、いるんだよね?」

 首肯すると消え入りそうな声でつけたす。

「何度か会ったことはあるけど、正直、合わないというか……でも、両親同士は乗り気だから」

 沈黙が流れる。が、その、なんだろう。申し訳ないが、情緒など知ったことか。

「さて、西元先輩。久遠先輩のお好きなところを五つ。さ、どうぞ。はい」

「えっ? 待っ、なん、え?」

「無いんですか、ひとつも? でしたら許婚殿との関係修復を図るほうが懸命では? 久遠先輩である必要がなければ。ほら、ご両親同士へ不破を唱えずに済みますし」

「ずっと好きだった! 中一のときから!」

「なぜ?」

「っ……っ、マネの仕事慣れる前のころ飲み物用意するとき手伝ってくれて、それから部活の曜日重なったときは廊下で話してくれて、告白はリヒトくんだったけど、わたしの勇気なかっただけ! それなのに、ずっと好きでいさせてくれて、今も大好き!」

「星良……」

「あまり上手に伝えられてないって自分でもわかってる。髪型変えたらすぐ気づいてくれるし、かわいいって褒めてくれるから……リヒトくんに甘えちゃってるの。ごめんね」

「違ったらごめんだけど、その、今の髪も、俺のためにってこと?」

 赤面したまま、西元先輩はこくりと認めた。久遠先輩も口元を腕で隠しているが、耳が赤い。――そして、おふたりとも僕がいることを忘れていらっしゃる。

「シャーペンとかも、プレゼントしたら大切にしてくれるの、嬉しい。そのマフラーも……けど、あの……ほら、重かったら使わなくても」

「使うよ。星良が不器用なこと知ってるから」

「……少しイジワルなとこは嫌い」

「マジ?」

「わかってるくせに」

「ごめんごめん」

 Oh……想定を超えるほどのアオハル。気安く煽るんじゃなかった。妹と智博だけでコーヒーはブラックでいけるのに。どうしよう。とりあえず、手作りお菓子しばらくは砂糖ゼロだな。うん。健康的にいこう。このままでは膵臓と血管の負担が大きすぎる。インスリンのサプリメントって無いのかな。
 西元先輩を大人しい方だと甘く見ていたのが悪かった。そっか。ナイショにするって伝えられて煽られたから吹っ切れたのか。誰だよ、秘密にする約束して煽ったやつ。僕だよ。

「バレたく無いって伝えたとき、それで良いよって言ってくれた。寂しそうな顔させたからどうにかしたくても、でも、やっぱり怖い。……好きな人のこと、大切な人に否定されたく無い」

 再び沈黙が流れる。が、まあ、申し訳ないが(以下、省略)

「サンタクロース、信じてますか?」

「へ?」

「サンタクロースにお願いしたら、いろんなものくれるじゃないですか」

「今年は信じる」

「よかったです。これが無駄になるところでした」

 強い意志を内包する視線を受けて、ポケットから取り出した二つ折りルーズリーフを差し出した。

「メリークリスマスってことで。早めのクリスマスプレゼントです。おふたりへの限定ですから、こちらもナイショでよろしくおねがいしますね」

 顔を見合わせるふたり。それからは軽く談笑しながらケーキの完食を待って「もう遅いので」と帰宅準備をしてもらった。準備といえ、コートを着直してマフラーを装着するだけだが。

「久遠先輩は西元先輩を送ってからご帰宅ですよね? お気をつけください」

「まだ帰らないの?」

「はい。寺尾さんの手伝いします。あの様子では確定申告前になっても片付かないので、過分なクリスマスプレゼントです」

 先導するためローファーにつま先をひっかけた。玄関の扉を開けると、外気が混ざりこんだ。

「寒っ」

「愛を伝えられて火照った体にはちょうど良いのでは?」

「日野くん……」西元先輩の頬がほんのり赤くなったのは、必ずしも寒さのせいではないだろう。

「失礼。少しイジワルな言葉は久遠先輩の専売特許ですよね。ああ、いけない。西元先輩の可愛らしさは久遠先輩専用でしたね!」と逃げるようにエレベーターホールまで走って、下階へのボタンを押した。この寒さは、冬はちょっとそこまで程度の距離だろうと防寒はするべきだと教えてくれる。ついでに、例のカナ四文字で胸焼けする可能性をここで示唆しておこう。
 エレベーターが到着するころ、元凶がホールに到着した。

「年明け、楽しみにしています」

 エレベーターの隙間、顔を見合わせるおふたりの姿。

〝ご両親はあなたの感情を軽視すると
 本当にそのように考えていらっしゃるんですか?〟

 煽りはサンタクロースなりの応援。
 答えを出すのは、あくまでも、あのふたりである。






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