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逆さになった本の謎

目次

「逆さまだな」

俺はその光景をみて呟く。 
隣のアイカもうなずいて 

「逆さまだね!!」 

私立××高校、図書室。早朝のことである。
俺はまぶたをこすって  

「……まだ逆さまだな」
「逆さまだね!!」 

アイカは相変わらず頷いてばかりいる。 
俺は嘆息して 

「……どうすればいい?」 
「それは図書委員として、決まってるよね!!」 

アイカはにっこり笑って 

「片づけるしかないでしょ!!」




俺の名前は、高坂こうさかはじめ
中途半端な偏差値の高校に通う、中途半端な高校生だ。
趣味は読書。特にミステリが好み。
シャーロックホームズから入って、英米の古典ミステリはほとんど読み尽くした。
その趣味が嵩じてこうじて、図書委員をやっている。
そして、隣のこいつは、程内ほどうちアイカ。
元気だけが取り柄のスポーツ馬鹿。
高校にはその類まれな体力を活かして、スポーツ推薦で入学した。
短い髪に、ボーイッシュな顔立ち。
残念ながら体のつくりも男っぽい。
典型的な女子にもてるタイプの女子だ。
こいつとは家が近所なこともあり、幼いころからの付き合いである。
だから、こいつが本なんかに興味を抱かない陸上馬鹿なことは知っている。 
なのに、である。
1年生で、俺と同じクラスに偶々なったこいつは、なんと図書委員に立候補した。
おそらく絵本くらいしかまともに読書をしたことがない、こいつが、である。

「なんでお前、図書委員なんか……」
「え? ま、まあ、いいじゃんいいじゃん。ほとんど仕事なさそうだし、陸上にも集中できるかなって」
「お前なあ……」

なんという不純な動機。
図書を愛するものとして、天誅てんちゅうを加えねば。
そんなことを思っていた矢先のことだったのだ。
ふたたび早朝。
この学校のホームルームには読書の時間がある。
そのための本を何か見繕みつくろおうと、図書委員の特権を利用して、図書室に赴いた俺。
そこに、陸上部の朝練があるはずのアイカもなぜかついてきていたのだ。

「お前、練習は?」
「んー、今日はちょっとはじまるの遅いんだ! とりあえず、一応図書委員として、 あたしもついていこっかなって」
「……そうか」 

ならば、ついでに何か本を課題として押し付けてやろう。
そう思い、図書室のドアを開ける。
すると。
「逆さま」だった。
何が? だって?

図書室で逆さまになりうるものなんて、一つしかないだろ。 

本だ。
目につく範囲の本がすべて、逆さまになっていた。

「……逆さまだな」

あまりの驚きに、光景をそのまま述べることしかできない。

「逆さまだね!!」

アイカもそれは同じようで。
だが驚いたことに、彼女は俺より冷静で。

「……とりあえず、片付けよっか?」

というわけで、片付けスタートである。
逆さまになった本を、懸命に元の姿に戻していく。
優に30分はかかった作業だった。

「ルンルン♪」

なぜかうれしそうなアイカは別として、難作業である。

「ったく、誰のいたずらだよ」

俺は恨めしい言葉を吐いたのだった。 




2

それで終わりだと思っていた。
誰のいたずらにせよ、本をいちいち逆さまにして回るなんていう馬鹿なこと、
そうそう繰り返されるはずもない、と。

……しかし、である。

「逆さまだな……」
「うーん、逆さまだねえ」

次の日。
本は逆さまだった。
脱力感がいっきに俺を襲う。
あれほどの大仕事を昨日果たしたばかりだというのに。

「仕方ないにゃあ。片付け、しよっか?」
「……ああ」

仕方なく、片づける俺達。

「ふんふん♪」

なぜかうれしそうなアイカ。

「とりゃあああ」

次々と本を片づけていく手際だけは見事である。
できれば、その姿を二度と見ませんように……
俺は願った。
だが、次の日。
本は逆さまだった。

「……なぜだ」

「うにゃにゃ、またなんだねー」

仕方がないので、また片づける。

「まあ、もうさすがにないだろう。いたずらの主も、これだけ犯行を繰り返しておいて、ことごとく直されたら、さすがにやりがいがなくなるはずだ」
「そうだといいねー」

その次の日。
また本は逆さまだった。

「……」

絶句する俺。
片づける。

その次の日。
また逆さまだった。
片づける。

そしてまた…… 

「逆さまだな……」
「逆さまだねえ……」

俺は何度目かわからない嘆息をもらした。




「絶対に何かある!!」

放課後。
教室でのことである。
ほとんどクラスのみんなが出払ったところで、俺は陸上の練習に行こうとしていたアイカを呼び止め、そう告げた。
アイカは目を丸くして

「何かって……なんのこと?」
「図書室のことに決まっているだろ!!」

俺は大声をだして

「もう1週間も続けて本が逆さまにされているんだぞ。絶対におかしい。
何か犯人の目的があるはずだ」

だが、その目的が分からない。
図書室の本を逆さまにして廻って、いったい何がしたいんだ?
アイカは「あはは」と笑って

「いいじゃんいいじゃん。別に何かが減るもんじゃないし」
「俺の体力が減るわ!!」

本を取り扱うのは結構重労働なのである。
アイカは「うーん」と顎に手をあてて

「なら、考えてみれば?」
「考える?」
「うん。そういうの好きでしょ、はじめ

確かに、推理小説好きが嵩じて、探偵の真似事みたいなことをやってみたこともしばしばある。
そのたびに、現実の世界の夢のなさに落胆することとなったが。

「それはそうだけど……」

ついでに言えば、昔読んだ、アメリカの推理作家の作品に、これと似たような話もあったけれど。
だからといって、真相を見抜けるとは限らない。
だがアイカは

「そうと決まれば」と言って「ちょっと待っててねーー」
「あっ、おい」

ぴゅーんと教室を飛び出していってしまった。
と思ったらもう戻ってきて

「ほら、お菓子。購買で買ってきたよ!!」
「……? なんで?」
「だって、おなかすくじゃん、頭を使って考えるのって」
「えっ、お前も考えるの?」
「だってあたしも図書委員でしょ?」

アイカはにっこり笑って

「陸上部の部長の許可もとってきたから」
「いつのまに……」
「あたしこういうの意外と得意なんだよね」
「だが……」
「まあまあ」

アイカはそのビート板……じゃなかった、胸を張って

「アイカさんに任せなさい!!」

ドン、と拳を打ち付けたのである。




案の定、アイカの推理は的外れなものばかりだった。

「あれはね、暗号だと思うの!!」
「……暗号?」
「うん、暗号。宇宙人からの」
「……はい?」
「だから、宇宙人が、あたしたち人間にメッセージを伝えるために、図書室の本を逆さまにしていったんだよ!!」
「……却下」
「ええ~~~」
「逆になんでそんな自信満々だったんだよ!!」
「宇宙人から離れろ!!」
「ええ~~、じゃ、じゃあ、司書の先生のストレス発散とか!!」
「逆にストレスたまるだろ……」
「じゃあ図書室の利用者のマナーがたまたま悪かったとか」
「1週間連続で? あんなに大量の本を?」

ないない、と俺は首を振る。
するとアイカはぷくーとほおをふくらませて

「なにさ!! あたしの考えは全部否定して!! それなら、一には何か考えはあるの?」
「……ないことはないが」

俺は頭を掻いて

「俺のも……ちょっと現実的じゃないし」
「なーんだ。やっぱりなにも思いついてないんじゃん!!」
「いやそういうわけじゃなくて。……例えば、本を盗んでおいて、それが目立たないように逆さまにしてまわったとか」
「なくなった本なんてあった?」
「いや……なかったけど」
「じゃあ……」

と、うろんな目線をよこしてくるアイカ。
俺は「いやいや」と手を体の前で振って

「これから盗むんだよ。これから盗むために、あえてこういう騒ぎを起こしておいて、俺達の警戒心が薄まったところにで、犯行に及ぶんだ」
「うーん」

アイカは不満そうに

「どんな本を盗むつもりなのか分からないけどさ。
うちの図書室に盗みたくなるほど高価な本や、貴重な本なんてなかったと思う。
それに、こんな目立つことしておいて盗むより、そっと黙って盗っていった方が、よっぽどばれにくいと思う」
「うっ……」

もっともな指摘だ。

「じゃあ……」

と俺は再度頭を使って

「俺達に毎朝、片付けさせることだけがーそれ自体が、目的だったんだよ。
陰でこっそり俺達が苦労している様を見ておいて、ほくそ笑むことが目的だったんだ!!」
「一、そんなに人様に嫌われてたんだね」
「おい、憐れむような目で見るな!」
「というか一々逆さまにする苦労の方が、あたしたちが苦しむ姿を見る喜びよりもしんどいと思う」
「……それもそうか」

俺が肩を落とすと、アイカは「にひひ」と笑って

「やっぱりアイカちゃんの、宇宙人説の方が」
「いやそれだけはないから」

とまあ、そんなこんなで。
夜遅くまで話し合った俺達。
だが、結局、本を逆さまにする犯人の意図は読めず。
珍説お披露目会と化したのだった。

「……ふわああ。疲れたああ」
「今日はこれくらいにしておくか」
「そうだね。色々可能性は検討できたし」
「ほとんどゴミみたいな意見だったけどな」
「一の推理だって、似たようなもんじゃん!!」

アイカは怒りながら自分のカバンを持ち上げて

「じゃ、また明日ね」
「……ああ」

俺はその後ろ姿を見送った。




その夜。
べットに潜り込み、静寂に耳を澄ます。
思考はしかし目まぐるしく、図書室の謎について考えている。
誰が、いったい、何の目的で?
昼間に結論がでなかったのに、しょうこりもなく考える。
……実は、アイカの前では言わなかったが、一つ検討しておきたいことがあった。
考えただけで恥ずかしくなる、ある意味うぬぼれた推理。
だが、これが一番もっともらしい。

「……ああ、くそっ」

試してみるしかないか。




朝のにおいが心地いい。
空気がしんとして、吸うのが贅沢に思えてくるくらい。
両手を広げ、体の隅々までいきわたらせる。

「ふう……」

と息を吐くと、<彼女>は「仕事」に取り掛かった。
本をつかんでは、「逆さま」にしていく。
急がなくては。
何しろ、結構な作業である。
あらかた視界に入る本を逆さまにしたところで。
しかし、予期しなかった音がした。
扉の開く音。

「っ!? ……」

そこに立っていたのは……




「やっぱりお前か……」

ドアを開ける。
そうじゃないかとまとまりつつあった推理に、確証を得るために開けたそのドア。
そして飛び込んできた視界には。
本を両手につかんだ<アイカ>が立っていた。
逆さま、だ。
また、本は逆さまだった。
俺は嘆息して

「……まさかとは思ったけど」

まさか、図書委員自身が、図書室逆さま事件の犯人とは。
俺の視線を受けて、アイカは「たはは」と笑って

「……ばれちゃった」
「そりゃばれるよ」

まあ、冷静に考えても、それはそうだろうという真相ではある。
動機は置いておくとしても、だ。
本を逆さまにするという時間のかかる作業に専念できるほど、朝に余裕があり。
なおかつ、鍵を持っていて、施錠されているはずの図書室に入れる人物。
そんな人間、非常に限られる。

「あはは……」
「お前な……」
「うーん、なんでばれちゃったのかなあ」

ごしごしと頭をかくアイカ。
しらじらしい。
俺はごほん、と咳払いをして

「動機が最後まで分からなかった」

アイカの隣に行き、逆さまになった本の片付けをしながら、俺は話す。

「……じゃ、今はわかったのかにゃ?」
「……そのつもりだけど」

非常に言いたくない。
言ったら馬鹿にされそうで。
だが、言わないわけにもいかないし……

「……じゃ、言ってみてよ」
「……ええと」
「ほらほら」
「それは……」
「うんうん」
「……ええと」
「もう、早く言ってよ!!」

笑うアイカに、どうにもふんぎりのつかない俺。
にやにやと視線をよこすアイカ。
俺は彼女から目をそらすと、ようやく覚悟を決め。

「お前は……この作業を俺としたかったんだ」

その推理を口にした。

「……どういうこと?」
「だから」

俺は顔が赤くなるのを感じながら

「本を逆さまにしたのは、それを元に戻す作業をするためだった。
……そしてその作業を、図書委員である、俺と一諸にやりたかったんだ」
「何のために?」
「それは……陸上部に入ったお前は、俺と絡む機会が、クラスや委員会活動を除けばあまりなくなってしまった。
それで……」

俺と一諸にいられる時間を少しでも作りたかったから。
本の片付けには時間がかかるから。
ついでに、本を逆さまにするなんて謎めいた形にしたのは、俺がそういうミステリが好きなのを知っていたから。

「ふんふん。なるほどね」

アイカはそんな俺のかっとうをよそに、なおもにこにこ笑い。

「じゃあさ、じゃあさ、仮にその推理があたってたとして」

いたずらっぽい視線を俺に向ける。

「……なんでその時間が欲しかったか、わかる?」

推理を披露しているのは俺の方なのに、名探偵ではなくて、まるで犯人のような気分だ。
真相を明かすのがこんなにしんどいことだとは。
俺は、似合わない妖艶な笑みを浮かべるアイカをちらっと見て

「……それは、お前が俺のことを……」

好きだから。
……なんて言えるか!!

「もう、しっかり推理してよね、探偵さん?」

逆さまになった本を一諸に片づけながら。
にこやかに笑うアイカの姿がそこにはあった。




8

こうして、逆さまになった本の謎は解かれた。
そして、犯人である<彼女>が、もう本を逆さまにする必要性もなくなった。

「るんるん♪」

嬉しそうに手を握り締める彼女。
そのぬくもりを肌に感じながら、俺は嘆息した。 










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