第1話 TRICK ROOM-TRIDENT-
「推理ゲームへようこそ」
怪しげに笑う店主が出迎えてくれる。
地下への螺旋階段を降りた先にある怪しげな雑貨屋兼カフェ。
ここで不定期に行われている推理ゲーム。
実際に起きた殺人事件の犯人を当てる。
現実版・読者への挑戦状。
僕は、この店では【怠惰】と名乗っている。
現実に起きた殺人事件、それもつまらない普通の事件では無い。
世にも奇妙な不可思議な殺人事件。その謎を解く。
まさに極上の謎。
ただの推理小説を読み飽きた、自称推理狂いたちが挑むに相応しい謎。
それがこの店にはある。
カウンターテーブルの上には3枚のカード。
『かき氷』
『盲点』
『リュックサック』
が描かれている。
これが今回の事件に含まれた制限。三つのテーマ。
問題の作成者側には『極上の謎』にこれら三つのテーマを使用しなければならない、という制限を課されている。
『かき氷』、『盲点』、『リュックサック』というキーワードが、今回の『極上の謎』作成に重要な点となっている。
それが、問題を解く側である僕たち〝解答者側〟にとってヒントになってしまうとしても。
僕たち〝解答者側〟である探偵サイドの目をかいくぐり、見事事件の謎を見破られることが無ければ問題作成者側である〝犯人サイド〟が勝ち。
犯人サイドの用意した罠をかいくぐり、見事事件の謎を解き明かすことが出来れば、探偵サイドが勝ち。
そんな形式だ。
実際に起きた事件だからこそ、運に左右された生半可なトリックではないし、使い古されたチャチなギミックではないことは既に証明されている。
あぁ……、楽しみだ。
「それで、今回から〝3つのテーマから作られた問題〟のことを、【TRICK ROOM TRIDENT】と名付けることにしようと思うんだ」
「ふーん」
ランダムな三つのテーマによる殺人事件。
三題噺による極上の謎は今回で三回目だった。
第一回、『いちご』、『マフラー』、『密室』。
その①『死が降りかかる夜』。 出題者【混濁】。
その②『いちご50%』。 出題者【空欄】。
第二回、『みかん』、『暗号』、『鉛筆』。
『露(あらわ)』。 出題者【正義】。
そして、第三回が、今日。
今回のテーマは『かき氷』、『盲点』、『リュックサック』。
「今度もなんとなくテーマに『果物』が入ると思ったのに、違ったね」
「マンネリは防がないとね、主催者としては」
「マンネリ防止でテーマを決めてるのか?」
この店の店主であり極上の推理合戦の主催者の【最強】は朗らかに笑いながら宣言する。
彼の目元は鼻先まで包帯が巻かれていて見えない。表情は口元しか見えないのだが、常に笑っているため外見の怪しさは常に消えない。
「三つのテーマを、三叉の矛にちなんで『トライデント』! 出題者は解答者の推理をかいくぐり、探偵の喉元を突き刺す!」
トライデント……、ねぇ。
ギリシア神話で海神ポセイドンが持つ三叉の矛。
「今までは出題者の出す問題に僕たちが一方的に推理をぶつけるバトルだったわけだ。もちろん、名称を変えるだけじゃないんだろ?」
「さっすが【怠惰】! 探偵サイド随一の頭脳!! 話を飲み込むのが早いね。そう、出題者側に攻撃手段を一つ、加えることにしたんだ。出題者側はただでさえ、謎が謎呼ぶ殺人事件を作成するだけでも大変だっていうのに、それに加えて『3つのテーマ』で謎を彩る手間も掛かっている。それなら解答者側にも何か『縛り』を与えるべきだと思ったんだよ!」
「それが『トライデント』か。聞かせてよ。僕たちにどんな縛りが課されるのか」
「新ルール『DEADEND』。推理の袋小路。出題者が用意した『封じ手』。ここに書かれた新たな事実で矛盾が生じる推理だった場合、ゲームオーバーだ。この問題の挑戦権を失う」
店主は真っ赤な封筒をひらひらと見せつける。それが『封じ手』、ね。
「僕たちの喉元に三叉の矛が突きつけられているわけか」
「ま、要はペナルティだ。犯人の喉元を掴み損なった愚かな探偵には罰金として出題者に大金を支払ってもらうよ。もちろん、主催者にもね」
「面白い!!!」
入り口の鉄扉がバァン! と勢いよく開かれた。
ビリジアンのスーツに身を包んだ男が店に入ってきた。こつこつと、小気味良い革靴の音が鳴り響き、そして僕たちの前に姿を現した。
「最……ッ高!! じゃないか! これこそ出題者と私たち解答者との血湧き肉躍る推理勝負に相応しい!!」
金髪に茶色の瞳。整った顔立ちに憎たらしい笑み。解答者サイド上位常連の【最高】だ。
テンションが高いバカだ。僕にとっては。
ただのバカよりも、推理バカだからタチが悪い。
推理が出来ないバカ【正義】よりも目障りだ。
「ふーんっだ。今回もSさまが勝つんだから!」
いつもの賑やかしである【溺愛】が席の離れたところから茶々を入れる。ツインテールは耳の下で結ばれ、ウェーブかかっていた。
今回のメンバーはこんなところか。
と、思った矢先、ぎいい、とゆっくりと鉄扉が開く音がした。
「ふふっ、タノしそうなお店ね」
【溺愛】以外の女性の声がした。ここに来店する女性はそんなに多くは無い。【溺愛】と【塗炭】と、あとは……
カツカツと、先ほどの【最高】よりも軽くて甲高い音が鳴り、姿を現したのはドクターマーチンを履いた女子中学生、いや、JKか……。
彼女はひょっとして、アイツじゃないか?
TRICK ROOMに出入りする女子高生なんて、あの事件の……アイツしかいない。
「初めまして皆様ご機嫌麗しゅう。【聖域】です。どうぞよろしく」
まるでたった今人一人殺してきたかのような、ついでにもう一人殺してしまいそうな、可憐な笑顔を浮かべた。
「もう! どうしてそんなややこしい名前にするの! イニシャルかぶりはやめてよね! Sさまは私にとって【怠惰】ただ一人なのに!」
「素敵な名前でしょう? オバさんの名前もずいぶんと子供らしい可愛らしい名前よね」
「お、オバ……!!」
「あのね、【溺愛】。ずーーっと忘れてるみたいだけど、【最強】の名前もSから始まるんだよ、知ってた?」
こんなにも近くで喧噪が勃発し、僕はくるりとカウンターに背を向けた。
待ちかねたかのような、真っ正面。【最高】と目が合う。
「【怠惰】。噂はかねがね聞いているよ。君は最高の推理狂だと」
「馴れ合う気は無いよ。君の噂も信じない。真実は一つしかないのなら、それを仲良く分け合ってもいいけれど、わかるだろう?」
探偵サイドで仲良く手を取り合って、謎を解く。
そんなもの、脱出ゲームで、単なるゲームでやっていればいい。
これは謎解きであって、遊びではない。
現実に人間を殺した罪悪のゲーム。
実際に警察を欺いた犯罪のゲーム。
全ては極上の謎に優先する。
倫理観や道徳、正義などは捨ててしまえば良い。
血湧き肉躍る推理ゲームのための殺人。
殺人のための殺人。
トリックのための殺人。
用意された極上の謎。
一番美味しいところを味わうことが出来るのは、犯人が用意した罠をかいくぐり、その喉元を掴むことが出来るのは、タダ一人だけ。
独り占めしたい。
それは、僕だけのものだ。
「謎を解くのは僕だ」
「あぁ、いいね。目の前に用意されているのなら、早速頂くとしよう」
言葉はいらない。
僕がここに何をしに来たのか? それを邪魔する奴は消えて欲しい。
はやく。
はやくそれを僕に。
「本題に入ろう。問題を早速解かせてくれないか?」
「はいよ! 出題者は【不可】。問題の名前は……」
手渡された冊子に大きく印字された題名は。
『まるごと果肉かき氷』だった。
題名のかわいらしさに騙されてはいけない。
第一回の問題『いちご50%』の時にひどい目に遭っただろう。
「それでは早速。極上の謎、いただきます」
僕は問題の冊子を開いた。
第2話 問題編① まるごと果肉かき氷
[まるごと果肉かき氷] 登場人物表
砥石(といし)─────クールノアコーポレーション社員。
波佐見(はさみ)────クールノアコーポレーション社員。
紙礫(かみつぶて)───クールノアコーポレーション社員。
小手平(こてひら)───クールノアコーポレーション社員。
「あー、やだやだ。さっさと終わらせよう」
砥石はクールノア第三冷凍倉庫に警備員一人と一緒に入った。
今週行われた定例会議で、小手平部長から課された仕事をするために。
会議に同席していた同期の二人、波佐見と紙礫は営業先との先約があるようで、たまたま予定が空いていた砥石が行くことになった。
せっかく仕事を早く終わらせて早く帰ることができそうだったのに、と砥石は心の中でぼやいた。
仕事と言っても大したことではない。
間違えて第三倉庫に下ろしてしまった荷物を、移動するというだけである。
冷凍倉庫は広く、間違えて閉じ込められてしまったら命に関わるため、常に二人以上で出入りすることが決められている。
出入口には指紋認証の鍵があり、施錠と解錠は指紋認証で行なう。
砥石は右手の親指をモニターにあてがい、鍵を開けた。
冷凍倉庫内はマイナス23度程度で管理されており、常に送風機によって冷風が吹きすさぶ、とても長い時間は居続けられない場所だ。
早く用事を済ませて帰りたいところだった。
それはただ付き添いというだけの警備員も同じだ。
「荷物はD6の棚だそうです」
警備員は借り物のジャンパーを着て、両肘を抱きしめながら言った。
「私も手伝いますんで早く終わらせましょう」
「ありがとうございます」
荷物はダンボール箱で4箱くらいということだった。
二人で運べば2往復で済む。助かった。一人だったら4往復もしなくてはならなかった。それでは凍え死んでしまう。
警備員も、ただ待っているだけよりも動いた方がマシだと思ったのだろうが。
お目当てのD6の棚にはダンボール箱が4つ収められていた。おそらくこれのことだ。
「……ん? なんだ? これは」 棚の前に、ブルーシートが掛けられた荷物が置かれている。ダンボールを運び出すのに邪魔だった。
「よりによってどうしてここに……。仕方がありせんね。ちょっとどかしましょう」
警備員と一緒にブルーシートを剥がした。
「えっ? ひ、ひぃいいいいいいい!!!」
するとそこには想像を絶するものが置かれていた。
警備員と一緒に思わず後ずさった。足が滑って尻もちをつく。
痛みよりも驚きが。驚きよりも恐怖が上回った。
部長が……、小手平さんがブルーシートの下で倒れていた。
眠っているかのように動かない。絶対に死んでいる。
だって、殺されていたからだ。
両手両足が切断されていた。投げ出された腕と太ももの先には何も無い。
いや、何かが置いてある。
明らかにこんなところにあるはずも無いものが置かれていた。
それは、かき氷だった。
左腕の先には、ブルーハワイのかかったかき氷が、
右腕の先には、あずきのかかったかき氷が、
左足の先には、いちごのかかったかき氷が、
右足の先には、メロンがかかったかき氷が置かれていた。
かき氷の中には何か不自然に丸いものが見えた。
そんなはずはないと本能が否定する。
しかし、目に見えたのは、指だ。指の先と爪が見えた。
指が数本。おそらく、小手平さんの切断された手足の指が、かき氷の中に入っているのだ。
異常だ。ありえない。
その想像だけでも吐き気がした。
限界だった。
胃から酸っぱいものが込み上げて吐きだした。
キラキラと目の前で凍り始める。
目に見える情報の全てが異常だと告げる。
目が、喉が、息が、凍っていく。このままここに居てはいけない。
「と、とにかく警察に連絡しましょう!」
警備員の言葉で我に返る。
「うぐっ、は、はい!」
ありえない光景が目に焼き付いて、目を瞑っても頭から離れない。
どうしてこんな目に遭うんだと、砥石は嘆いた。
第3話 問題編② まるごと果肉かき氷
「被害者は小手平 拳。クールノアコーポレーションの第二営業部統括部長とのことッス」
刑事は部下に現場写真を見せてもらったが、これはひどい。
どうしてこんな惨状になったのか、まるでわからない。
冷凍倉庫内に遺体、との通報で、当初は凍死かと思ったが、明らかに凍死ではあり得ない。変死というか、明らかに殺人だ。
被害者は仰向けに倒れており、両腕の肘から先が無く、両足の膝から先が無い。そしてその無くなった四肢の部分には器に盛られたかき氷が置いてあった。
左腕の先には、ブルーハワイシロップのかかったかき氷が。
右腕の先には、あずきのかかったかき氷が。
左足の先には、いちごシロップのかかったかき氷が。
右足の先には、メロンシロップのかかったかき氷が、置かれている。
さらにそのかき氷は、鑑識の結果、被害者の失われた四肢を削って作られたものだということがわかった。
氷ではなく、肉片。凍った肉片のかき氷。
そのかき氷の中に、まるで果物のようにごろごろと入っているのは四肢の指だった。
親指、人差し指、中指、薬指、小指。
ブルーハワイとあずきのかき氷には両手の指が各五本。
いちごとメロンのかき氷には両足の指が各五本入っていた。
この端的に説明した文章だけ取ってみても異常だ。
極めて異常。
犯行声明文もなく、脅迫状もない。
被害者の周りで起きた事件も無ければ、被害者は特段恨まれてもいないときた。
こんな異常な殺人を、特に意味も無く起こした訳はないのだが、その動機が何もわからなかった。
不明な点はそれ以外にもまだごろごろとあった。
被害者の遺体が見つかった冷凍倉庫は『密室』だったのだ。
冷凍倉庫の出入り口はよりにもよって『指紋認証』で開閉されていた。
被害者の右手の親指の『指紋認証』にて施錠された倉庫内にて、被害者の遺体はあった。そして被害者の四肢にて作られたかき氷の中に、被害者の親指はあったのだから。
密室、かき氷、動機。
これを我々が考えなければならないのだろうか。
明確な回答があると思いたくは無い。
それほどまでにこの事件は気味が悪い。気持ちが悪かった。
グロテスクでありながら、蠱惑的だ。気味が悪いのに、何故だか目が離せない。芸術作品にも似た輝きを持つあのかき氷が、目を瞑っても頭から離れない。
これは、度を過ぎた嫌悪感だ。異常過ぎてそれが受け入れられない。
これが現実に起きた事件とは思いたくは無い。現実を非現実であると否定しようとして、逆に美しく思えてしまうのだろうか。
否、あんなものが美しくあってたまるか。
人を人と思わない犯行。
人を食ったような犯人。
人を蔑ろにしたような犯罪だ。
邪念を振り払い、改めて部下に話の先を促した。
「死因はおそらく毒殺。切断された四肢のどこかに注射痕があったのではないかと思われます。その隠滅を図った結果がこれかと」
そこまでするだろうか。それなら被害者の飲み物に毒物を混ぜた方が手っ取り早い。注射痕を隠すための行為として四肢を切断するのはコストパフォーマンスが悪すぎる。
部下から見せられた、被害者の生きていた時の写真は、証明写真の様なものではなかった。
「生前の被害者の写真は、これしか無かったのか?」
「はい。被害者は免許を持っていなかったため、被害者の部下で唯一面識のあった紙礫から写真を一枚借りたッス」
小早川が見せてきたのは旅行での写真という感じだ。ただ、記念写真というよりも、隠し撮りに近い。被害者の目はカメラを捉えておらず、向かって右側へ歩き出そうとしていた。片手にリュックサックを持っているように見えた。
「被害者は写真を嫌っていたそうで、紙礫が間違ってカメラのシャッターを押してしまった時に偶然撮影できた、この写真しか残っていないッス」
「面識が無いって言っても、紙礫以外の部下、波佐見と砥石は顔くらいなら知っているんだろう? オンライン会議で何度も顔を合わせていたんだから」
遺体の第一発見者である砥石が、遺体発見現場である冷凍倉庫に居合わせることになった理由も、被害者と最後に会話をしたオンライン会議によるものだと証言している。
遺体の顔合わせでも、三者は「まちがいなくこの遺体は小手平 拳本人だ」と言っていた。もし生前の写真が無かったとしても、被害者は小手平本人で間違いないだろう。
これで、小手平本人は生きていて、小手平にそっくりな人が殺され、小手平自身が指紋認証によって施錠した、という面白みもなんともない結末だけは回避したようだ。
そうでもなければ、この密室に何の意味があるのだろうか。
密室内で自殺、もしくは事故死していたのなら、我々警察が頭を悩ませられることはない。変死扱いで終了。お悔やみ申し上げる。
しかし、この遺体は明らかに死後、第三者に手を加えられているのだ。
手を喰わえられている。倉庫内を密室にする意味が無い。
まだ倉庫の扉が開け放たれていた方がマシだった。
犯人の特定は容易ではないが、選択肢があるだけマシだ。
倉庫の施錠を被害者本人が行っているのなら、どこの誰にも被害者を殺すことは出来ない。自殺でも事故でもあり得ない。
この謎を解くことが出来る名探偵がもし居るのなら、藁をもすがる思いだ。早くこの気味の悪い事件から手を引かせて欲しい。
「ん? この写真はなんだ?」
「なんスか?」
「被害者が持っているリュックサック、何かおかしくないか?」
写真の中で被害者が手に持っていると思っていたリュックサックは、指で掴まれていなかった。
被害者の右手の手のひらの前で、宙に浮いているように見えた。
そのリュックサックの背負う部分は、何かに引っかかって浮いている。引っかかっているといっても、しかしそれは被害者の指ではない。何故ならば、その写真には被害者の親指も、人差し指も、中指も、薬指も、小指も、五指全てが固く握られているからだ。
「あぁ、これはマジックみたいッス。紙礫が言っていました。被害者の趣味だったと」
「マジック?」
「先輩も見たことないッスか? みかんが宙に浮くマジックッス」
ミカン? 宙に浮くって言ったって、アレはミカンに親指を差して、まるで宙に浮いているかのように見せている、手品と言うにはあまりにも幼稚なトリックのアレだろうが。
「それで言ったらこの写真のリュックサックは普通に宙に浮いているように見えるぞ」
「宙に浮いているように見えるマジックなんスから、それはそうなんじゃないッスか? 不思議ッスよねぇ。全然トリックが分からないッス」
しみじみとそういう部下。
トリックを考えようとはしていないようだった。
こんな手品のトリックが解けたからと言って、何にもならんだろうからな。
「ところでリュックサックと言えば、前にお前もなぞなぞを出していなかったか?」
「え? そうでしたっけ?」
なぞなぞの問題文はたしかこうだ。
『Aさんはリュックサックをひったくりに奪われそうになりました。次のうち、手をどのようにすればいいでしょう? ①、グー。②、チョキ。③、パー。』
「あれから考えてもちっとも分からん。早く答えを教えろ」
「あー、あの問題ッスか。でも自分も答えなんて分からないッスよ」
「は?」
「朝のニュースを見ていたら出てきた問題なんスけど、答えを聞く前に家を出てしまったッス。だから自分も答えが分からないッス」
「そんな無責任な問題を出すやつがあるか!」
部下の頭をはたいた。
せめてなぞなぞだけでも答えを聞いてスッキリしたかった。
この先の見えない事件、答えの読めない犯行から目を逸らしたかったのだ。
「砥石、波佐見、紙礫、か」
部下から出された問題を見て、ひとつ共通点に気付いたが、だからどうした、というものだ。
こんなもので犯人が分かれば苦労はしない。
「もう一度クールノアコーポレーションに行って、関係者を洗うぞ」
「は、はいッス!!」
刑事達は、不可能犯罪から目を背けること無く、今日も捜査に向かった。
問題編 終
第四話 推理編 五指に余る難題
「やばっ! まるごと果肉ってそういうこと!?」
僕と【最高】は一足先に読み終わり、推理に頭を働かせていた。【溺愛】が冊子をテーブルに放り投げ、叫ぶところまでは予想通りだった。
ただ予想ができなかった人が一人。
【聖域】だ。
「店主、そのまるごと果肉かき氷は、ここでは提供してないんですかぁ?」
まるでカフェで甘いフラッペを注文するかのように笑みを浮かべながら、自然に、いや、不自然に彼女は店主に喋りかける。
いつも不敵に笑い、こちらをからかう店主もいささか引いている。
「いやいや、【聖域】ちゃん、冗談がエグいぜ。あれは食用というより観賞用じゃないか?」
「まさかぁ、食べませんよ。味見くらいはするかも? でもでも、一度生で見てみたくないですか? キラキラと氷の粒が光って見えたっていうとこ、エモいじゃないですか?」
エモいというよりエグいわ。
「作中のかき氷は警察に押収されちゃったし、新たに作るとなると、最低でも片手か片足が必要なんだよ」
「そっかぁ、そうですよね。分かりました。考えときます」
上の方を見上げて、自分の人差し指を口元に当てて考え込む【聖域】。
こいつ、やる気だ!!
…………、いや、まさか。さすがにな。
僕は【聖域】から一歩距離を置いた。
心の距離というより、物理的に。
しかし、そんな僕に、
【聖域】は一歩近づいた。
「はじめまして、ですよね? 【怠惰】さん」
確かに僕は彼女とは面識がなかった。実際に会ったことは一度もない。その可愛らしい顔も、触れたら折れてしまいそうな細い指も見たことがない。
でも、彼女の起こした事件には心当たりがあった。
以前、TRICK ROOMで出題された殺人事件の犯人だ。
「その節はどうも、【聖域】。君の殺人事件、楽しく解かせてもらったよ」
僕の回答を予想していたのか、対して驚きもせず、【聖域】は嬉しそうに、犯しそうに笑う。
「ありがとうございます。【怠惰】さんにそう言ってもらえると、嬉しいです。機会があれば、次もよろしくお願いしますね」
次も。
その言葉の意味は誰よりも明らかだった。
殺人事件の計画者としての僕と、
殺人事件の実行犯としての彼女との、会話。
ま、人を殺すのに、性別も年齢も関係はないよな。
「私のことは愛をこめて【聖域】と呼んでください。気に入っているんです、この名前」
「へぇ、何か特別な意味があるの?」
「いいえ。『さんくちゅありー』って呼ぶと、誰もがみなキスの口になるのが可愛いからです、ちゅ」
と、中指と薬指と親指をくっ付けて、キツネのハンドサインを僕に向けた。
彼女の上目遣いと微笑みなら、大抵の男は落ちてしまうだろう。堕ちてしまうだろう。
ハニートラップもまた、人を殺すのに有効だ。
図らずも、同じく殺人の技術を持つ【溺愛】も、ハニートラップには長けているのだから。
「それで、君の得意不得意を教えてくれ。君を犯人役とした殺人事件を出題する時に支障が出る条件を知っておきたい」
「…………、釣れませんね。はい、じゃあ今度まとめて送るので、連絡先を交換してください」
「ちょっと!!! 勝手に恋愛バラエティしないでもらっていいですかぁ!?」
何かを察知した【溺愛】が僕と【聖域】との間に割り込んだ。
勝手にバラエティにするな。
「【最強】に送っておいてもらえばいいよ。僕以外にもその情報を共有したい人はいるだろうからね」
「はい、是非私を使ってください。約束ですよ」
彼女は小指を見せて約束のサインをした。
「………………」
か細い指だ。
…………指、か。
改めて今回の問題について要点をまとめてみよう。
・被害者の四肢を削り作ったかき氷。
・そこに埋め込まれた五本の指。
・指紋認証で施錠された現場。
・密室内にある指《カギ》
・そして、犯人の特定。
波佐見。被害者とは面識無し/遺体発見時は別の場所。
砥石。被害者とは面識無し/第一発見者。
紙礫。被害者とは面識有り/遺体発見時は別の場所。
容疑者のプロフィールの違いはこんなところだろうか。
キーワードとしての『かき氷』に比べると『リュックサック』が浮いて見える。文字通り被害者の手から浮いて見えた『リュックサック』の写真、とか。
リュックサックのクイズもあったっけ。それも謎と言えば謎だけれど。
ふむ。
指折り数えてみると、五指に余る難題の数々だ。
だが、謎を一つ一つ解きほぐして行くと、必ずたどり着けるはずだ。真実というゴールに。
密室のカギが密室内にあるパターン。
もっともありふれている密室だ。
施錠された倉庫という密室内の、かき氷の中に右手の親指が埋め込まれている限り、その指を使って施錠なんて出来るはずがない。
故に出題者は【不可】。
不可能犯罪を出題してくれるなんて、素晴らしい。
どんなに素晴らしい不可能犯罪も、実際に起こした以上、不可能では無い。必ず方法がある。
「でもさぁ、これだけで犯人が特定できるの? って感じじゃないですか?」
「第一発見者が怪しい! 警備員の目を盗んで色々出来たんじゃない?」
「それだと遺体発見時は別の場所にいた波佐見と紙礫は容疑者から外れますね。簡単です」
「そもそも被害者と面識の有り無しって重要なのかな」
「実際に会ったことがないだけで、オンライン会議では顔合わせくらいはしていたはずですし、実は指紋認証に登録された人と、殺された人が双子で、殺された人と小手平さんは別人〜みたいなことは無いんですよね」
「被害者と面識有りで、かつ第一発見者だったらもう完全に犯人だったのに! でもでも、だからこそ遺体発見時は別の場所にいたけど、被害者と面識のある紙礫って怪しくない?」
「そういうメタ推理もいいけど、きちんと〝密室〟の謎も解いてくれよ」
店主はひらひらと手を振った。
「右手の親指でしたっけ。施錠に使われていたのは。右手のかき氷の味は何味でしたっけ」
「えー? メロンじゃなかったっけ? ってかかき氷のシロップの違いって何か意味あるの?」
「私だったらあずきなんていう地味なのじゃなくって、抹茶かけるかも?」
「んー、でもあたしだったら血みどろのかき氷にいちごシロップって映えなくない? 練乳の方が映えると思うのよねー」
【聖域】と【溺愛】の推理なのか雑談なのかわからない掛け合いは一向に的を射ない。
「そういえば、リュックサックのクイズがありましたよね」
「えー? あれこそ意味なんて無いんじゃない?」
「あの問題はブラフだよ。正解のない問題だ」
【最高】は決めつけているかのように断言した。
「私は容疑者の名前にグーチョキパーが含まれているから、たぶんこの問題の答えがイコール犯人の名前なの! 断言するわ!」
【溺愛】はいつになく推理を楽しんでいるようだ。【聖域】という同業他社が現れて息巻いているようにも見える。
僕は自分の考えを嘘偽りなく述べることにした。
「確かに、この問題にはブラフが含まれている」
Tridentのルール。
出題者は明らかに読者を騙しにきている。
「私は最高の推理を導き出したようだ」
【最高】は自信満々に、高らかにそう宣言した。
「出題者【不可】からの封じ手によって矛盾が生じる解答だった場合失格になる。後から言い逃れが出来ないように、自分の推理を紙に書いて伏せておいてくれ」
そう店主に言われ、【最高】と【怠惰】の2人は簡単に推理を書いてカードを伏せる。
「それではまず、私の最高の推理を披露することにしよう。かき氷に彩られた四つの味には意味があった」
最高は親指を折って、〝四つ〟を表した。
僕はそれを見て、僕の推理とは違うな、と思った。
第五話 解決編❶ デッドエンド
「名探偵が「さて」と言えば、周りの人間は静かになる。私はこの静寂が好きだ。思惑を隠す容疑者たちの中で、疑いと怯えと焦りと羨望の眼差しの中で、たった一つの真実を披露する、素晴らしい最高の瞬間だと私は思う」
ここには犯人も容疑者たちも居ないがね、と【最高】は言った。
「私がこの推理の取っ掛りに気付いたのは、図らずも彼女、【聖域】の言葉がヒントになった」
あの雑談なのか推理なのか分からなかったアレか。
>「右手の親指でしたっけ。施錠に使われていたのは。右手のかき氷の味は何味でしたっけ」
>「えー? メロンじゃなかったっけ? ってかかき氷のシロップの違いって何か意味あるの?」
>「私だったらあずきなんていう地味なのじゃなくって、抹茶かけるかも?」
(推理編より引用)
「何故かき氷の味が小豆だったのか?」
「あのグロテスクなかき氷の味付けに意味があったと言うのか?」店主がにやにやと問いかける。
【最高】は最高の笑顔で応える。
「その通りだ。全ての事柄には意味がある。四肢で作られたかき氷のうち、他の三つはシロップなのに、右腕のかき氷だけが小豆。不自然だと思わないか? 右腕によって作られたかき氷の中には、当然だが倉庫の施錠に使う右親指が入っている。このかき氷だけは、シロップで汚す訳にはいかなかったんだ」
かき氷はシロップを味付けているもの、かき氷を彩っているものであって、決して汚しているものではないにせよ。
全てはトリックに優先する。シロップがトリック遂行の邪魔になっているということか。
「さて、遺体の周りに置かれたかき氷の中に指が入っていたとして、その中にちゃんと五指が入っていると確認するだろうか?」
例えばお店で出されたまるごとマンゴーかき氷の中のマンゴーの数を、食べる前に数えるか?
カレーライスの中に入っているニンジンの数を数えるか?
食べながら数える人がいるかもしれないが、四肢が切断された遺体、不自然なかき氷、指に注視できる人はそうはいない。
「警察や鑑識は確認するだろうが、第一発見者はそんなことはしない。出来はしない! 遺体発見時にグロテスクな遺体とかき氷を目にした時に、そんな確認は出来ない。そう。実は倉庫の鍵を開け、警備員と遺体を目撃したあの瞬間、被害者の右腕、小豆のかき氷の中だけには、五指は入っていなかったんだよ!」
【最高】は親指だけを折り、四つを表した。
「小指、薬指、中指、人差し指の四指だけがかき氷に埋め込まれていた。親指だけが抜き取られている。そのことを紛れさせるためのグロテスクな演出だった!」
「犯人は、持ち出した親指を使って倉庫を施錠したってことか? しかし警察は実際に〝かき氷の中に五指が入っていた〟と言っていなかったか?」
「そうだ。つまり、遺体を発見した時に、グロテスクな遺体に思わず目を逸らした警備員にバレないようにこっそりと、かき氷の中に親指を戻した人が犯人だ」
そんなことが出来るのは、容疑者の中でも一人しかいない。
「第一発見者の砥石。彼が犯人だ」
「さっきシロップで汚しちゃダメって言ってたのはどういうことなの?」
「施錠に使った親指を後でかき氷の中に埋め戻す時、その親指にだけシロップが掛かっていない状態になり、不自然に見えてしまう。それを防ぐために、一つだけ小豆にしていたんだろう」
あとは、一つだけシロップではないかき氷にすることで、親指を戻すかき氷を間違えないため、という実に合理的な理由もあっただろうがね、と【最高】は推理を締めくくった。
このトリックを使うことが出来たのは第一発見者である〝砥石〟しか有り得ない。
【最高】は自らの推理が書かれたカードを見せた。
『かき氷から右手の親指だけが持ち出され、その親指を使い施錠。遺体発見時にかき氷の中へ埋め戻された。
第一発見者が犯人。犯人は砥石。』
これが、【最高】の推理か。
「君の推理と僕の推理は違うみたいだね」
「ふっ、ならば君の推理を聞かせてもらえないか?」
「ちょっとタンマ。【怠惰】の推理を聞く前に、開封条件を満たしたみたいだから、こいつを開封しよう」
「開封条件?」
店主が持ち出したのは赤い封筒。
出題者からの封じ手!
【最高】は顔を歪める。破顔ではない。苦虫を噛み潰したような。
「ま、まさか…………」
赤い封筒には赤い便箋が入っており、白抜きされた黒字でこう書かれていた。
『鍵の施錠時。密室内には五指がかき氷の中に埋め込まれていた。五指というのは、親指、人差し指、中指、薬指、小指、計五本のことである。』
「そんな…………、そんなはずがない!!」
【最高】の推理では、鍵の施錠時、かき氷から右手の親指だけが取り出され、施錠後、遺体発見時にその親指は戻されたことになっている。
鍵の施錠時に倉庫内にその親指がかき氷の中に入っているというのなら、【最高】の推理は破綻することになる。
「デッドエンドに書かれた条件によって推理に矛盾が生じる場合、その解答者は失格となる。【最高】は失格だ」
『最高』の推理は打ち砕かれる。三又の矛、トライデントにその胸を貫かれた。
【最高】は膝を落とし、「くっ…………」と言葉にならない悔しさを噛み締めていた。
僕はその封じ手を確認して、笑みを浮かべた。
『怠惰』の推理に矛盾は生じない。
「さて」
僕は周りを見渡す。
【最高】と目が合った。
彼の目からは疑い、怯え、焦りが見て取れた。
素晴らしい。いい眺めだ。
「僕の解答はこれからだ」
「なんだと……。まだ先があるって言うのか! この密室の謎を解く道が……!」
デッドエンド。直訳で行き止まり。
出題者である【不可】によって閉ざされた真実への道。
「【最高】の推理は第一段階。ある意味、真実に指が掛かっていたんだ。リュックサックのクイズを解くと、その取っ掛りに気づくことが出来るかもしれなかったのに」
「な! リュックサックの問題はブラフだと、君も言っていたじゃないか」
「違うね。僕が言った一言一句を思い返してみるといい。『「確かに、この問題にはブラフが含まれる」』と言ったんだ。〝この問題〟とはリュックサックのクイズを指して言ったんじゃない。〝まるごと果肉かき氷の問題〟を指して言ったのさ」
「馬鹿な……。リュックサックの問題は、正解のない問題だ。ブラフではなかったのか。」
「え? 分からないんですか? この問題の答えが」
彼女は不敵に笑った。「ふふ、可愛いですね、【最高】さんのその顔、殺しちゃいたいくらい」
「え、うそ。【聖域】は分かったの? 教えて!」
「正解はチョキですよ。グーでもパーでも無いです」
「えー、じゃあ犯人は波佐見だね!」
「そう、【聖域】の言う通り、あのクイズの問題はチョキだ」
そのクイズの答えを取っ掛りにすれば、本当の真実に手が届く。指が触れる。
「僕の推理では、倉庫施錠時、密室内のかき氷の中に五つの指が収まっている、それでも、犯人は鍵を施錠できた。君にはこの謎が解けるかい? 『最高』」
「私は……失格者だ。考える資格がない」
「いいや? まだ生きているだろう。それはTRICK ROOMの、ゲームのルールで失格したと言うだけだ。【最高】にとって推理はおままごとの延長線上の、お遊びだったということか?」
「………………」
「デッドエンドというルールで君の推理は打ち砕かれた。それは犯人を当てたことへの賞金を、推理を認められた賞賛を得ることが出来ない、と言うだけじゃないか。君の推理への歩みを妨げるものじゃないだろう」
「…………!!」
「それとも、ただ指をくわえて見ているつもりかな?」
「…………くっ。まるで一度四肢をもがれ殺されたかのような気分だよ。推理の道を塞がれることがここまで苦しいとは」
【最高】は立ち上がり、もう一度僕と対峙した。その目は死んでなどいなかった。
「君の言う通りだ【怠惰】。トライデントに阻まれようとも、推理の資格を失おうとも、何人たりとも、私の推理を止めることは出来ない。私の推理の歩みを止めるものは何も無い!」
「残念、指をくわえてみたら良かったのにね」
と、僕はヒントをこっそりと呟いた。
第六話 解決編❷ サムズアップ
リュックサックのクイズの全文はこうだった。
『Aさんはリュックサックをひったくりに奪われそうになりました。次のうち、手をどのようにすればいいでしょう? ①、グー。②、チョキ。③、パー。』
【最高】は【聖域】の前に跪いた。
「教えてくれないか。あのクイズの答えをそれが真実への道標になるのならば、私は解かなければならない」
「さっきも言いましたよ。答えはピースですよ。チョキです」
【聖域】は人差し指と中指を自らの唇に当てた。
「それはどうしてなんだ? パーなら咄嗟に掴むことが出来る。グーなら相手に反撃できる。一番チョキが有り得ない!」
「チョキだけが、指に引っかかるじゃないですか。リュックの持つ部分が」
固く握ったグーの指にも、パッと開いたパーの指にもリュックサックの持ち手が引っかかることは無い。チョキの時の薬指と小指の隙間なら、リュックサックは引っかかる。
引っかかるから、引ったくりに対処できる。とかまあ、そういう意味なんだろうと僕も考えていた。
やっぱり。さっきから考えていたことだけれど、【聖域】もこの謎の答えにたどり着いている。
店主にあのかき氷を注文したまさにあの時には既に。
「そんな問題の答えが何の意味に繋がるんだ?」
「浮いたリュックサックの写真があっただろう、あれだよ」
「あれは被害者のマジックだったんじゃないのか?」
「それがマジックだったとしても、トリックがあるはずだろう? トリックを解くのが僕達じゃないか」
そこに謎があるのなら、
そこにクイズがあるのなら、
そこにトリックがあるのなら、
推理によって解きほぐすのが僕達、解答者なのだから。
「ふっ。……そうだな。私としたことが迂闊だった。答えのない謎。心に引っ掛かっていてもいいものを」
リュックサックのクイズの答えを念頭に入れて考えるべきだ。あのクイズが問題のヒントになっている。
「リュックサックが引っ掛かっていたのが指だった……? いや、それは無いはずだ」
【最高】は問題の冊子を読み返して指摘する。
>引っかかっているといっても、しかしそれは被害者の指ではない。何故ならば、その写真には被害者の親指も、人差し指も、中指も、薬指も、小指も、五指全てが固く握られているからだ。
(問題編②より引用)
「このリュックサックのマジックには、何らかのトリックが仕掛けられているはずだ」
「そう思うことがこのトリックなんだよ。トリックがあると思わせることがトリックってこと」
まさに『盲点』だ。
「トリックがあると思わせることがトリック……? どういうことだ?」
「このリュックサックのマジックに、トリックなんて無かったんだよ」
「は? 馬鹿な。五指全て握られているのに、そこに指なんて…………」
そしてたどり着いた、たった一つの答え。
「まさか、この被害者、多指症か!?」
僕はにやりと微笑んだ。
「そ。被害者には、六本目の指があったんだ。親指の隣にもう一本の親指があったんだよ。五指が固く握られていたその隣の、六本目の指にリュックサックは引っかかっていたんだ」
かき氷の中に五指全て入っていた。
五指とは、親指、人差し指、中指、薬指、小指の計五本の事である。
「ということは、六本目の指はかき氷の中に入っていないことになるよね?」
「五指……五本の指、だと……、ぐぅううう!!!」
「写真にあったように、被害者は親指が二本あった。かき氷の中に五指全て入っていたとしても何も問題は無い。犯人は六本目の指、もうひとつの親指を持って倉庫を施錠した。その指をかき氷の中に返す必要も無い」
犯人は、被害者が多指症であると知っている必要がある。被害者と唯一面識があるのは、紙礫しかいない。
僕の推理が書かれたカードを見せつける。
「犯人は紙礫だ。これが僕の答え」
最終話 フィンガークロス
「【怠惰】の解答は【不可】の封じ手では矛盾しない。そして…………」
【最強】はお決まりのクラッカーを鳴らした。
発砲音が炸裂し、紙吹雪が天井からはらはらと雪のように降りてくる。
「正解!! いやー、【最高】と【怠惰】の推理合戦、今回は【怠惰】に軍配があがったようだな!」
パチパチパチと拍手の音が、聞こえてきた。意外にもそれは【最高】のものだった。
「完敗だ。私は出題者である【不可】が用意した偽の出口に迷い込んでしまったようだ。これがデッドエンドか。最高に面白い謎だった。出題者に拍手だ」
彼の顔は、吹っ切れたかのような柔らかい顔をしていた。
「そして君にもだ、【怠惰】。君は【不可】が用意した偽の出口にも惑わされず、たった一つの真実を見事探り当てた。最高の賞賛を送ろう」
「あぁ、ありがとう。食べ応えのある謎だったが、共に競い合う好敵手がいるとより楽しいね。またやろう」
「あぁ、もちろんだ」
二人は固い握手を交わした。
「エモいねぇ、男同士の友情、努力、勝利……」
「私達も一時休戦ってことにしませんか? 先輩」
「オバサンじゃなくて先輩って呼んでよね。ん。許す!」
横で【溺愛】と【聖域】も握手を交わしていた。お前たちは何か戦っていたっけ?
◆◆◆
参加者の面々が次々と帰って行ったあと、僕は店主に気になっていることを聞くことにした。
「なぁ【最強】。もしかして、あるんじゃないのか? まるごと果肉かき氷が」
「………………、どうしてそう思う?」
>「作中のかき氷は警察に押収されちゃったし、新たに作るとなると、最低でも片手か片足が必要なんだよ」
(推理編より引用)
「作中のかき氷は警察に押収された。でも指は余っているはずだろう? 犯人が施錠に使ったものが」
「まぁ、物は試しに、【不可】から提供された遺体の余りと指を使って作ってみたものはあるよ。まさか問題冊子を読み終えたばかりのあのタイミングで注文されるとは思わなかったけどな」
店主が取り出したのは赤いかき氷だった。
シロップは何も掛かっていなかったが、頂点の部分に果肉がまるごと突き刺さっていた。
二本の親指がまるでクロスするかのように刺さっている。
「両手の〝二本目の親指〟か」
「あぁ、左手の二本目の親指も、現場のかき氷に埋め込む訳にはいかなかったから記念に回収したと【不可】は言っていたよ」
多指症の指。磨り潰すには惜しいか。
先天的な多指症は、手の場合親指が多いと聞く。しかし、切り取ってしまえばそれはもうただの親指にしか見えなかった。
「食べる?」
「食べねぇよ」
【聖域】にも見せてやれば良かったのに。
まぁ、あの時点で見せたらネタバレにも程がある。
透き通った赤い血肉の氷の粒が店内の照明に照らされて、キラキラと輝いていた。
二本の指は交わって、まるで幸運を祈っているかのように見えた。
「……そんなわけないよな」
次第に氷の粒は融けて、ただの血肉になった。