幻の地下アイドル

 さくら子の日記
 (一日目)

 まさか私のアイドル人生の中で拘留所にぶち込まれるなんて、思ってもみなかった。まぢで怖い。私、どうなっちゃうのかな。
 私は、私を一番に推してくれていた、山田小太郎を殺してないのに。

**
「えっ!? さくら子が捕まった!? なんで!?」
 売れない地下アイドルユニット「ニッポン紅蓮隊」メンバー、旭小菊は食べていたハンバーガーを落としてしまうかというくらい、驚いて大声を出してしまった。マクドナルドの狭い店内は、一瞬静まり返ったが、すぐに周囲は雑談を再開した。小菊は小柄な体形で、髪型はウルフカット。アイドルには珍しく一重で、可愛い系よりクールビューティー系だ。耳のピアスは両耳合わせて10個開いており、鼻ピアスをこれから空けようか悩んでいる。着ている洋服もメンズライクなもので、今日は黒のタンクトップとダメージジーンズを着ていた。
「ちょっ。そんな大声出すなよ。俺だってびっくりしてるんだから」
 当該アイドルユニットの古参ファンである矢見孝は、動揺する小菊を落ち着かせるように、小声で言った。くせっ毛が目立ち、ぽっちゃりした体型で、そばかすが目立つ顔をしている。よれよれのシャツをジーンズの中に入れており、典型的なオタクのいでたちをしていた。周囲に聞こえないようにする意味も込めていた。
 矢見は、小菊に「やばいことが起こった」とDMで連絡し、不審がる小菊を何とかマクドナルドに誘い出していた。ハンバーガーはもちろん貢ぎ役の矢見の奢りだ。
 小菊が身を乗り出して、質問する。
「本当になんでなの」
「俺もさくら子ちゃんのポストが途絶えて、DMしても全然返信ないから、すっごく心配だったんだ。それで、キショがられるかもしれないけど、さくら子ちゃんの家や身辺を調べたら、東京拘置所に今拘留されてる」
「キショ……。家バレしたら本当は出禁だよ。まぁ、緊急事態だから免罪符だけど。まぁ、アンタはさくら子が最推しだったから、いつかヤラカスとは思ってたけど」
「そんなにハッキリと言わなくていいだろ。それよりか、さくら子ちゃんが本当に心配なんだ。ただ俺が面会に行ったところで、小菊ちゃんの言う通りキショがられるだけかもしれない。だから、小菊ちゃんに一緒に面会行って欲しい」
「いいけど。まずマネージャーと他メンバーに連絡しなきゃ。さくら子、何やっちゃったんだろう。頂き女子とかじゃないといいんだけど」
「マネージャーには俺からもう連絡しといた。最初はキショがられたけど、さくら子の親に確認すると信じてもらえた」
「はやっ。キショっ。まぁいいや。ならもうこれから行こう」
 小菊は食べていたハンバーガーを残して、立ち上がった。一緒に買ったシェイクやナゲットには手をつけてさえいなかった。自分で買ったものではないから、名残惜しくもないのであろう。
「小菊ちゃんがいてくれると助かる。推しがマジで心配だ」
 小菊と矢見は、足早にゴミを捨て、東京拘置所に急いだ。

**
「ニッポン紅蓮隊だぁ?ふざけた名前だな」
 東京拘置所では、尖閣さくら子の事情聴取が始まっていた。さくら子のウェーブがかったロングの巻き毛が儚さそうに揺れる。最近キャラメル色に染めたのだが、そのお披露目ができないまま拘置所にいた。パッチリな二重に、整形で直した小鼻とあご。やせ型の体型だが、胸がDカップあることが彼女の自慢だった。体のラインが良く出るタイトなワンピースを着ている。取調役の刑事が、ぶっきらぼうな声でさくら子に迫っていた。背が高くてゴツく、髪の毛は薄く、脂がてかてかしている顔は、見ていて気持ちの良いものではなかった。地下アイドルファンにも気持ち悪いデブはたくさんいるが、それ以上に不快だ。刑事がお昼に食べたのであろうカレーライスが、彼の口から臭ってきて、さくら子は余計にストレスを感じていた。
 さくら子は、弁護士が来るまで黙っていた方がいいと何かの刑事ドラマで見たことを思い出していた。刑事に対して、最初は「私はやってない」と言い続けたが、聞く耳を持ってくれなかった。
 刑事はまくし立てる。
「えー。ニッポン紅蓮隊は、地下アイドルユニットで、メンバーは尖閣さくら子、旭小菊、竹島てふてふ、神風ふじこ、呉ヤマトの5人。ったく。ふざけた名前だな。モチーフは、「日本サイコー(再興)!」。拠点は秋葉原で、毎日地下ライブをやっていると。ファンは20〜30人。出してる歌はそれぞれ右翼が喜びそうなしょうもない歌。こんな売れないユニットじゃ、さぞかし生活に困ってんだろうね」
 さくら子は、泣きたくなるのをじっと我慢した。自分たちの歌にこんなフレーズがあることを思い出していた。
「吹くよ神風!きっと吹く。挫けず、いじけず、突っ込む勇気!」
 刑事の執拗な尋問は、ネチネチと続いた。その時、他の刑事が部屋に入ってきて、何かのメモを渡してきた。
 脂刑事がさくら子の方に向き直る。
 ヤバい。もしかしたら神風吹いたのかも。弁護士さんかな。
「ふん、面会だとよ。お友達から。右翼にも友達いるんだな」
 さくら子は嬉しさと同時にガッカリした。なんだー。まだ救われないんだー。

「さくら子、大丈夫??」
 面会室に入ってきたさくら子は、明らかにやつれていた。いつもの弾けるような営業スマイルはない。
「小菊、矢見くん。ありがとう。てことは、もうマネージャーには知れらてるとこだね。私、脱退かな」
「まず自分の心配しなよ!さくら子。一応、伝えると今後の活動は、さくら子なしで一旦続けるみたい。さくら子は、家庭の事情でおやすみってことになってる。このこと知ってるのは、メンバーと矢見くんしかいないから、バレることないよ!」
「バレるとか。私、何にも悪いことしてない!!」
「どうしたの?何しちゃったの……さくら子」
「私、私にもよくわかんない…..」
さくら子は、ズビズビと泣き始めた。矢見は一部始終を黙って見つめていたが、気弱な推しの一面を見ることができ、少し嬉しさを感じていた。それが場違いだと矢見は感じており、その片鱗を出さないよう注意していた。
「なんかぁ……山田小太郎を殺した罪に問われている……」
「えっ!?あのさくら子を推してくれてた小太郎を!?」
 小菊は、先程のマクドナルド店内以上の大きな声で驚いた。面接室には、緊張が走る。
「なんか、よくわかんないんだけど、今日の午前中に、写真の撮影会があったのね」
「さくら子単体のやつね。スタジオ借りて、さくら子の撮影枠を全部山田が買ったんだよね?」
 ここで今まで黙っていた矢見が急に口を開いた。
「アイツ、撮影会の日時、嘘ついてファンに言いふらして、さくら子ちゃんの撮影枠を独り占めしたんだ。ファンとしてありえない。今日はさくら子ちゃんのセーラー服撮影だったのに」
 さくら子は矢見の態度にドン引きしながら、続ける。
「う、うん。そう。で、撮影スタジオに行ったら、山田が血を出して倒れてて。さくら子、パニックになって。とりあえず警察と救急車呼んだの」
「で、なんでさくら子が逮捕されたわけ?第一発見者だから?」
「さくら子、スタジオに入る前に、変なロープが落ちてたの拾ったの。それ、ゴミかなって思って。ゴミ落としたままじゃいけないから、カバンに入れといたのね。そしたら、それが山田の首を締めたロープだったらしいの。山田、首締められて、ナイフで刺されて死んだんだって。山田、仰向けに倒れてて、最期の顔、すごいやばかった。普段もやばかったけど、マジでやばかった。さくら子はそこにたまたまいただけなのに、さくら子が嘘ついてるって警察の人、思って、ここに連れてこられたの」
 一気に言い終わると、さくら子はおいおいと泣き始めてしまった。
 小菊はなんとか慰めようと、しどろもどろに言う。
「さくら子、大丈夫だよ。弁護士さん、頼んだんでしょ。みんな、さくら子がやったなんて思ってないんだから、泣かないで。堂々としてて」
 矢見も続ける。
「そうだよ。僕たちが必ず真犯人を見つけてやるよ。現場から、凶器のナイフってやつは見つかったの」
「うんうん。それが見つかってないから、何処に隠したんだってさくら子が詰め寄られ寝る」
「なら、それを持ってるやつが犯人だよ。警察も捜査してると思うけど、任せておけない。小菊と俺も何かないか、調べてみるよ」
 矢見の唐突な提案に、小菊は「え、私も」という顔をしたが、さくら子に気を遣って悟られないようにした。
「うぅ……小菊、矢見、ありがとう。ホント、この間にアイドルクビとかになったらどうしよう。インスタライブもできないし、変な噂とか回ったら、私もうアイドル続けられない」
 矢見はここぞとばかりに、さくら子に伝えた。
「さくら子ちゃんには俺……俺たちがついてるから安心して。またライブで、『桜吹雪と君の吐息』、歌ってよ」
 面会室のさくら子のめそめそ声が次第に小さくなり、彼女は顔をあげて苦笑した。
「矢見、あの歌好きなんだ。YouTubeの済生回数一番少ないのに」
 和やかな空気になりつつある会話に、小菊も加戦する。
「歌うならやっぱり『うなれ神風!アッパレじゃぱん!』じゃない?」
「そうだね、さくら子、取調中、その歌に励まされてた」
 朗らかな空気のなか、警備員が面会時間の終了を告げた。
 小菊は、さくら子のほうを真っ直ぐ見て語気を強めて言った。
「さくら子、負けちゃダメだからね。絶対、犯人見つけるから。また一緒にステージに立とう!」
 矢見も続ける。
「あと、セーラー服も着てね」
「「キショい!」」
 さくら子と小菊が同時に言い放ち、3人で笑いあって面会時間は終了した。

**
「で、犯人探すったって、何をどうして、どうするつもりなの?」
 小菊と矢見は、再度マクドナルドに戻ってきた。今回も矢見の奢りである。
「まずは情報を整理しよう。新聞報道とか、撮影スタジオの人とかに聞いてきた」
 矢見がまとめて来た情報は、彼の汚い字でノートにまとめられていた。小菊は、まじまじとノートを確認する。

 8月8日土曜日
 尖閣さくら子のセーラー服撮影会が、10時から15時の間で行われる予定だった。
 撮影枠は5枠あり、1時間1枠で料金は5000円であった。撮影会のスタジオは、スタジオリリス。青山三丁目駅から徒歩5分、5階建てのオンボロビルの2階にあるところだ。
 この撮影枠を、山田小太郎は全て買い取っていた。撮影だけでなく、雑談などをして、デート気分になる予定だったのだろう(本当に許せない)。

 山田小太郎は、撮影スタジオに9時30分に入室している。さくら子ちゃんは遅刻をよくする子(そこが可愛い)で10時5分くらいに入室をした。すると、現場で首を絞められ、腹部を刺された山田小太郎が倒れていた。死因は窒息死。
 殺害推定時刻は9:30から約30分間。
 この間に、スタジオに入室した他の者はいない。しかし、スタジオのオーナーは、普段バックオフィスに待機しており、呼び鈴を鳴らさないと受付には来ない。無断入室は、不可能ではない。
 また受付入り口に監視カメラは設置されていなかった。ビルの入り口エレベーターには監視カメラがあるものの、不審な人物はない。非常階段がビルの裏手にあるため、こちら側を使われてしまうと誰でも侵入可能となる。

 凶器は、ロープとナイフ。さくら子ちゃんいわく、ロープは麻縄だったらしい。ナイフは見つかっておらず、警察が捜査している段階だ。

 動機…多すぎてよく分からない。
 山田小太郎は、普段はコミュ障のくせに、職業は税関職員。空港で勤めていたときは多くの麻薬輸入を検挙したらしいので、ドラッグディーラーに恨まれてもおかしくない。
 また紅蓮隊ファン仲間からも大変不人気だった。ライブ中にさくら子ちゃんの前に必ず陣取り、他のファンに譲らない。勝手に掛け声を考えてきては、一人で叫んでいる。ある時は、さくら子ちゃんの担当カラーであるピンクの光る棒を、光量最大のものを持ってきて注意されていた。さくら子ちゃんのライブ配信では、課金しまくっていて、マウントを取りたいやつだ。出禁にならなかったのが、オカシイ。
 さくら子ちゃん以外の地下アイドルも推していたようだが、マナーの悪さから出禁になって紅蓮隊に辿り着いた漂流物。

 ノートから目を離し、小菊は矢見に感想を伝えた。
「よく調べたね。てか、最後のほう、ほぼ恨み節だけど」
「小菊ちゃんが読んでる間に、他メンバーに山田小太郎を憎むやつがいないか聞いてる。ヤマトちゃんだけは返信があって、知らないって」
「まぁ、山田はさくら子だけ単推しだったもんね。私は、山田に推されなくて正直良かったと思ってるけど」
「ただ山田は金持ちだから、さくら子ちゃんのバースデーフラワーとかはメンバーで1番豪華になったのは事実だよな。さくら子ちゃんもAmazon欲しいものリストとかシェアして、相当買ってもらってたし」
「まぁ、さくら子が山田を殺す理由はないよね」
 小菊はため息をついた。「本当に自分たちに犯人なんて見つけられるのだろうか」という不安と徒労感が、彼女を襲う。ナゲットを食べる手も遅くなった。
 矢見が続ける。
「あと、山田の表アカウントと鍵アカウント、両方遡ってみた。鍵アカのほうに気になる画像があったんだけど見て」
「なにこれ」
 矢見が見せてきたのは、山田の鍵アカ「山田ラーメン鬱垢」というものだった。その投稿の1つに、昨日夜21:07の投稿で、露出の多いメイド服を着た女性の胸元にクレジットカードが挟まった写真が載っていた。投稿には、「盗られちゃった~」と記載されている。女性の顔に、小菊は見覚えがなかった。黒髪ショートボブで、パッチリ二重に8の字眉。鼻は小さく、おちょぼ口だ。正直どこにでもいるメイドさんだ。整形をしているかは、微妙なところである。名札には、うっすら「HOTARU」と書いてあるようだった。
「これが何?このHOTARUさんがどうしたの」
「これは山田が行きつけのコンカフェ、真夏の夜の夢ってとこだよ。山田は他の投稿でもよくここに行って、女の子に貢いだシャンパンの写真とか載せてる」
「それの何が怪しいの」
「この女の子、コンカフェサイトにも載ってないし、画像検索にも引っかかってないんだ。山田の投稿に、この女の子が登場したのはこれが初めてだ。普通、こういう女の子はどこかしらに情報が載ってる」
「身バレしたくないんじゃん?」
「なら、山田の鍵アカに投稿なんて許すかよ。しかも胸元にクレカだぜ。山田もバカだよな」
「死んだ人の悪口は言っちゃだめだよ」
 矢見は無視して話を続ける。
「で、俺は見つけたんだ。鍵アカのさらに鍵アカ、これは本当に表に出てきてない。ただ山田の使い回してるメールアドレスと使いそうなパスワード入れたら、見ることができた」
「アンタ、そこまでやったら狂気だよ」
「で、山田がどうもこの子に昨日だけで100万はつぎ込んでる。きっとなんかあったんだよ。金絡みのことが。それで、なんかの事件で山田は殺されたとしか思えない。」
 矢見は見つけたという鍵アカの鍵アカを見せてきた。そこには確かにDMで、送金のやり取りをした記録があった。メッセージ相手は、HOTARUだ。
 最後のメッセージには、HOTARUから「朝、教えたあの場所に来てね」と書かれて終わっている。
「まぁ確かに怪しいかも」
「だろ、ただこのHOTARUって子の情報が掴めない。事件の鍵を握るのはこの人物に違いないのに。山田の投稿画像の、ここ。彼女の胸元には、蛍のタトゥーが入ってる。こんな目立つ特徴があるのに、見つからないなんて、怪しすぎる」
「うーん。そうだけど、どうやって探したらいいんだか」
「そこで小菊ちゃんにお願いがある。この子をなんとかして、知ってることを話してもらうようお願いしてもらえないか」
「え、私?」
「俺もほうぼう探してみたんだが、全く見当がつかない。男の俺じゃダメなのかも。小菊ちゃんならコミュ力高いし、コンカフェでも勤務してるから、きっと見つかるはず」
「そうは言っても東京は広いし、コンカフェなんて山ほどあるんだよ」
「さくら子ちゃんのためだろ!!」
 矢見の迫力は凄かった。今度はマクドナルド店内で、矢見が注目を集める番だった。
「まぁそこまで言うなら」
「ありがとう!俺も頑張ってみるから!さくら子ちゃんを早く救いだそう」
「うん……」
 小菊は残り少なくなったシェイクを飲み干し、自信なさげに最後のナゲットを食べきった。

**
さくら子の日記 二日目
まじでどうしよう。私、どうなっちゃうんだろう。弁護士は来てくれたけど、親身になってくれない。両親とは連絡がつかないみたい。まあ、絶縁状態だったから当たり前かも。彼氏は……。あのホストが私に会いに来てくれるわけないし。ほんと、不幸。このまま死んじゃえればいいのに。
てか、真犯人、氏ね
**

 三日目
 (白紙)

 四日目
 (白紙)

 五日目
 疲れた。事情聴取うざい。冤罪ってこういうことなんだ。日本サイアク。

 六日目
 お母さんが来た。泣いてた。うざい。死んでほしい。
 もしくは私が死ねばいいのかな。

 七日目
 ファンじゃなくて、あの人に会いたい。あんなに貢いでたのに。ホストクラブに早く行きたい。

**
小菊は、HOTARUに関する情報収集を開始した。手始めに、ニッポン紅蓮隊のメンバーである竹島てふてふ、神風ふじこ、呉ヤマトに話を聞くことにした。てふてふは、ショートボブでキレイ目な顔。ふじこは金髪で団子鼻なコンプレックスだった。ヤマトはツインテールで毛先をピンクに染めており、二重の整った顔立ちをしている。みんなどこにでもいる平均的な地下アイドルの様相だ。全員をマクドナルドに集めて、山田の事件、さくら子の状況、さくら子の無実を証明するために、手がかりを探していることを伝えた。謎の地下アイドル、HOTARUの素性についても尋ねたが、3人の反応は予想外に冷たいものだった。

 てふてふが、小菊に低い声で言い返す。
 「小菊はあんまり興味なかったみたいなんだけどさ……」
 「え?」
 「私も、ふじこ、ヤマトも、さくら子のこと嫌いなんだよねー」
 小菊は戸惑いを隠せない。
 「いや、そうなんだろうなとは思ってたけど、今その話関係ないじゃん」
 「関係あるよ。さくら子の因果応報って感じ」
 「そんなふうに言わなくても」
 「小菊はさ、知らないでしょ。私のTOトップオタクだった、たつみくん。さくら子に卑怯なやり方で盗られたの」
 ふじことヤマトが、てふてふの話に大きく頷いていた。そんな話は初耳だった小菊は動揺を隠せない。
 てふてふが話を続ける。
 「私とさくら子、どっちもまあ人気高いじゃん。フォロワー数も500人前後だし、ライブ配信もどっこいどっこい。結構、アイドル仲間の良いライバルだったんだけどさ、さくら子が結構私の悪口を言いふらしはじめたんだよね。激しく貶めあう関係になっちゃったの。さくら子さ、男への媚び愛嬌と歌唱力はあるから。おっぱいでかいし」
 小菊は「今はそんな話関係ない」と口にでかかったが、ひとまずてふてふの話を聞くことにした。
 「たつみくん、私が最初、最推しだったの。握手会も欠かさず来てくれて、毎回一緒に撮影するチェキは20枚以上買ってくれてた。個人の撮影会の枠も半分以上いつも買ってくれてたし、ライブ配信も欠かさず参加してくれた。なのに……」
 悔しさを隠さないてふてふの顔が歪む。
 「さくら子が私のでまかせの悪口、たつみくんにいいふらしたの。洗脳だよ、洗脳。信じるたつみくんもどうかと思うけどさ」
 てふてふの話によると、固定ファンを盗られたことを怒った彼女は、さくら子に注意しようと思い直接問い詰めたそうだ。しかし、さくら子は悪びれる様子もなく、「人気商売だからね。手段は選ばないよ」と冷たく言い放ったそうだ。
 ふじこも、てふてふの話に加勢してきた。
 「あの子、さくら子は、ライブ配信とか個人の活動はすごく頑張るけど、チームの活動とかは全然手伝ってくれないじゃん。ライブ終わりの物販とか、マジでやる気なさそうだったし。調子悪いとかいって、よくトイレに行ってたよ。何分もこもっててさ。心配して見に行くと、トイレから携帯いじって出てくるの、ほんと、ちょっとないわ」
 てふてふもふじこのこの話には同意見のようだ。
 「私さ、いっかいさくら子に怒ろうと思って、楽屋で勇気だしてその話題だしたの。そしたら、本当に他人事の態度!『疲れたー』って大あくびし始めてさ。私思わず『……さくら子。なんで、あんな態度なの?物販、ノルマあるでしょ!』ってキレたの。そしたら、さくら子、なんて言ったと思う?」
 「わかんない」小菊は弱弱しく言う。
 「さくら子、『別にいいじゃん、売れなかったら、しょうがないじゃん』って。本当に自分勝手にもほどがある!!」
 小菊にはもうこの3人の話を制御できなかった。さくら子への悪口が止まらない。「だから、こういうのには巻き込まれたくなかったんだよ。だから無関心、装ってたのに」と小菊は心の底で悪態をついた。
 3人の悪口は止まらない。さくら子の遅刻ばかりの態度。ダンスの練習も真面目にやらない。グループミーティングも上の空。ファンの横取りはする。他メンバーの悪口を言いふらす。言いたい放題だった。
 小菊もさくら子の悪評については、思い当たることがないわけではない。しかし、さくら子が捕まっている今もここまで悪く言う必要がないだろうと強く思った。
 ひとしきり悪口に花を咲かせる彼女たち。最後のほうはもうゴシップや根も葉もない噂話に変わっていた。
 そこでヤマトが気になることを発言した。
 「そういえば、さくら子、前に所属していたグループで、ルール違反したらしいよ」
 てふてふが前のめりに「なになに」と聞く。
 「違うメンバーが隠れて付き合ってた彼氏、寝取ったんだって。で、それが運営にばれてどっちも契約解除。さくら子もその子もクビになったらしい。確かその子の名前がケイだった気がする。さくら子、ケイのこといまだに馬鹿にしてるよ」
 なかばどうでもよくなって聞いていた小菊は、耳をそばだてた。
 (ケイ……。確かホタルの感じ音読みは、蛍―ケイ―)
 それ以上の収穫はなかった。小菊は、「あ、もういかなきゃ」と嘘をつき、意地悪な3人を残してマクドナルドを後にした。
ビルの喧噪を横目に小菊は独り言をつぶやく。
「もしかして、さくら子を貶めるために、メンバーの誰かが今回の事件を仕組んだのかな。私が知らないだけで、わだかまりがくすぶってたんだ」
少し落ち込んだ小菊だったが、無関心モードに切り替えて、帰路を急いだ。いざこざばかりな状況に大きくため息をついたが、街の喧噪がそれをすぐに搔き消した。

**
 「やみぃ!見つけた!!HOTARUって女!」
 注文したハンバーガーのトレイを受け取り座席に着くなり、小菊は大きく明るい声で言った。矢見は、小菊の分をオーダーした後、自分のコーヒーを頼んでいるところだった。注文を中断し、矢見が目を丸くして、顔をあげた。
 「ほんとに!? どうやって!? 俺があれだけ探しても見つからなかったのに」
 「まずメンバーのふじこ、ヤマト、てふてふに聞いたけど、全くツカイモノにならなかった。あいつら、私よりコミュ障だから。で、次に前に勤めてたコンカフェの元同僚に聞いてみたの。まあ、私がなかば消えるように辞めちゃったから今更連絡取りにくかったんだけど、全然怒ってなくて……それで」
 「見つけた過程はいいから、結果を教えて!」
 (まったく、これだから小菊ちゃんは可愛いな)という視線で、矢見は小菊を見つめた。
 「あ、そうだよね。要はつまり、コンカフェのオーナーが見てたAVに、彼女が出てたみたいなの。AV女優のコンカフェ嬢だったみたい」
 小菊はスクショしてきたAVのパッケージ画像を、矢見に見せた。HOTARUと思われる女性が、「童貞を殺す服」として有名な、背中がぱっくり空いた、横乳がはみ出て、体のラインがはっきり見える服を着ている。画面の向こうで、HOTARUがこちらを見て微笑んでいるように感じられた。矢見は山田の投稿画像とAVのパッケージ画像を見比べてみる。
 「うーん。なんとも言えないな。顔は似てるといえば似てるし、山田の画像のほうは整形しているような感じもする。胸元は見えないし」
 「このAV見てみれば、分かるんじゃない。私はそこまでしたくなかったから、そこまでしてないけど」
 「……分かった。これもさくら子ちゃんを救うためだ。AV探しのほうは請け負うよ」
 「喜んでやってそう」
 小菊は不審な目で矢見を見た。矢見は苦笑する。
 「AVなら何でもいいと思われてほしくないな」
 ふん、と鼻で笑い、小菊は続ける。
 「ところでさくら子の面会、毎日言ってるってほんと?」
 「当たり前じゃないか。推しのピンチだぞ」
 「家族でもないのに……。こんな時にさくら子、ファンサなんてできないよ。ぶっちゃけ迷惑だよ」
 「そんなはずないだろ!」
 突然大きな声を出した矢見に、小菊はあまり驚かずに続けた。感情が不安定なファンには慣れている様子だった。
 「うるさいな。まあ励ましたいのは分かるけど、ほどほどにしてよね」
 「面会に行かない薄情なメンバーには正直、ショックだよ。まあ、そんなことはどうでもいい。このAV女優がHOTARUだったらまた連絡する」
 そう言って、矢見は足早に帰路を急いだ。小菊は一人残された店内で、追加オーダーをしようかどうか悩んでいた。

 「ビンゴ。AV女優はHOTARUだった。今から彼女の勤めるコンカフェ『真夏の夜の夢』に行こうと思う。秋葉原駅に夜8時に集合しよう」
 矢見からLINEのメッセージをもらった小菊は、秋葉原に急いでいた。小菊は、「なんで私がこんなことに付き合わなきゃいけないんだろう」という気持ちと、「謎のアイドル、AV女優でコンカフェ嬢、怪しくてとてもキニナル」という好奇心で揺れていた。
 「でも、見に行くだけなら、まあ特になにもないだろう」
 小菊の独り言は続く。
 「さくら子は確かにカワイソウだけど。どうにもならないよ。素人じゃ」
 ぶつぶつと言っている間に、秋葉原駅に来てしまった。いつものように30分の遅刻。小菊は時間にルーズだった。「自分は結局野次馬で暇人だ」と気持ちを切り替えて小菊は矢見を待った。
 矢見はすでに駅に来ていて、合流した2人はコンセプトカフェ「真夏の夜の夢」に向かった。秋葉原駅から徒歩20分、メイドたちが客引きをする通りを抜けて、小汚い古いビルの2階にその場所はあった。電気はついていて、一応営業中のようだった。
 「うわあ、私が前にいたコンカフェより汚いよ」
 小菊は、コンカフェのドアを開けた。中には客は1人もおらず、女性キャストが2人いた。どちらもHOTARUではなさそうだ。1人は黒髪ストレートの華奢な子で、鼻ピアスをしているのが印象的だ。もう一人はふっくらとしていて、金髪のボブショートである。対照的な2人が会話をするでもなく、けだるそうにそこにいた。
 「いらっしゃいませー」
 女性キャストの1人が無関心そうに言った。もう1人は完全に無視して、スマートフォンをいじっている。
 「あれ、誰か担当いますか。予約とかしてます?」
 「あ、いえ……」
 小菊はあたふたとしてしまった。招く側は慣れているが、客側は慣れていない。この状況下でなんて言っていいのかも分からない。
 矢見が進んで言葉を発した。
 「オーナーに会いたいんです。オーナーとしか話せません」
 「え、急にそんなこと言われても」
 「人命がかかってるんです!」
 矢見の勢いがすごく、女性キャストは圧倒された。
 「ちょっと……確認してきます」
 女性キャストがカウンターの奥に引っ込んだ。もう一人の女性キャストが「お酒、いります?」と金を払わせようとしてきた。小菊も矢見も一銭も払わないのは失礼と感じたため、それぞれ一杯ずつビールを頼んだ。
 引っ込んでいた女性キャストがダルそうにカウンターに出てくる。
 「店長、会うって。酒持ってでいいんで、奥行ってもらえますか。カウンターにいられると邪魔なんで」
 「分かりました」
 小菊は気まずそうにカウンターを通り越して奥へ進んだ。奥には、熊のような体形をしたよれよれのTシャツにジーンズを履いた中年の男性がパイプ椅子に座っていた。
 「私にご用っていうのは何でしょう」
 中年男性の名前は銀造と言った。見た目に反してしぶい名前である。小菊がそう思っていたところ、「名前だけでもかっこよくしたくて、そう名乗ってます。へへへ」とこちらの意図を見透かしたように銀造が先回りして説明した。ねちねちとしゃべる銀造に、小菊は「こういうタイプ苦手」と内心思っていた。
 銀造が続ける。
 「何かトラブルでも?」
 銀造はこちらをジロジロと見ていた。初対面の人をそこまで凝視するのかと、小菊は気味悪く感じた。小菊がなんて言いだそうか悩んでいると、矢見が話し始めた。
 「実はHOTARUという女性を探している。元アイドルでAV女優歴があり、今はここのコンカフェ嬢だった子だ。その子のことを知らないか」
 「ほたる……?いえ、知りませんね。そんな子、うちで雇った覚えありませんよ」
 「え!? HOTARUさんいないの!? そんなことある?」
 びっくりして大きい声を出してしまうのは小菊の悪い癖だ。部屋中に響いたその声量に銀造は驚いていた。
 矢見が山田のアカウントの投稿画像を見せて説明する。
 「この子なんだが。この子の背景もこの店と合致するはずだ」
 「そんなこと言われましても、いない子はいませんよ。いたとしても、コンカフェのキャストは出入りが激しいんで、よく覚えてませんね。いても一瞬在籍して、どうせすぐ無断出勤しちゃったとかじゃないですか」
 「いるのか、いないのかはっきりしないな。いたのかどうか思い出してくれ。こっちは必死なんです」
 矢見が喰いかかる。
 「い・ま・せ・ん! 私が嘘をついていたら、名演技ものですよ。もう何ですか、突然押しかけて来て。奇妙な話ですよ。なんで私がこんなのに付き合わなきゃいけないんですか」
 「本当にいないんですか?」
 小菊も質問を重ねたが、銀造は「いない」の一点張りだった。
 「もうしつこいですね。意味わからんです。もう私の用事は終わったんで、早くお引き取りください。警察呼びますよ」
 銀造にそこまで言われてしまい、小菊と矢見は引き下がるしかなかった。カウンターに戻ってきて、飲みかけのビールをおいて店内を後にした。
 「またお越しください―」と女性キャストたちが定型文を言い放ったのが、後ろで聞こえた。

 さくら子の日記
 (八日目)
 白紙

 (九日目)
                                     死にたい。

 ***
 事態に進展がないまま、時間だけが過ぎていった。小菊は、夕日が差し込む自室のベッドでYouTubeを見てだらだらしていた。紅蓮隊のアイドルライブ活動も、自粛状態だった。ファンの殺害と、その殺人容疑がメンバーにかかっていることを重くみた運営が自主的に活動を控えたのだ。その間の給料は出ない。小菊は、貧乏くじを引いた気持ちだった。個人のライブ配信や物販も禁止され、持て余した時間を何をするわけでもなくだらだら過ごしていた。
 ぴろん、LINEのメッセージの着信音がなる。
 「え?」
 届いたメッセージの発信元は、「HOTARU」と書いてあった。友達申請はしていないため、警告のメッセージが出ている。恐る恐るメッセージを開いた。
 『今日、夜19時に、青山霊園の***の墓石に1人で来て。真実をお見せしたいと思います。もしこのことを他の人に話したことが分かれば、貴女の命もない……です。私がしたこと、後悔してる。だから、お詫びしたい。同じ地下アイドルにしか、こんなこと言えない……』
 「え? 意味わかんないだけど」
 メッセージを無視するか、小菊は頭を抱えた。誰かに相談したい。マネージャーか、他のアイドルメンバーか。
 「でも、ここには誰にも話すなって書いてある……どうしよう」
 数分悩んだ結果、小菊は出発の準備を始めた。

 夜の青山霊園は、ひんやりした空気が全体を覆っていた。いつも遅刻する小菊だが、この時ばかりは2時間も前に青山霊園に着いてしまった。目的地までまっすぐ進むこともできたが、墓石や木に身を隠しながら、あたりに不審な人物がいないか探っていた。最近見たスパイものの映画の影響もあった。
 「***の墓石。あそこかな、え?」
 その墓石のところに、大きな木があった。そこに、ゆらゆら揺れている人影が見えた。小菊は急いで人影に走り寄る。
 「やばい、もしかして……!!」
 その人影は、探していたHOTARUだ。足元には遺書らしきものと、血がついたナイフがある。
 「やばい、やばい、やばい!!」
 パニック状態になった小菊は、救急車を呼ぼうとしてバックのなかの携帯電話を探した。なかなか見つからない。焦っていると、頭上からうめき声が聞こえた。
 「うー。うー」
 HOTARUだ!HOTARUがまだ息をしている……!
 小菊は足りない頭で必死に考え、HOTARUの体を両腕でがっちり掴み、首元がゆるむようにHOTARUの胴体を上にあげた。足元がやわらかい土で、小菊もふらつく。
 「頑張って!息して!」
 HOTARUの華奢な体を、小菊は必死に上に持ち上げる。細身といっても、全体重を支えるには小菊は非力であった。ずり落ちてくる体を必死で上に上にと持ち上げなおす。
 「うーうー」
 「ロープに指通して、気道をなんとかできたりしないの!?」
 HOTARUは左手を首をしめているロープの隙間に入れることができないか、もがいていた。右手はポケットを探り、何かを出そうとしている。HOTARUが動くだびに、小菊が必死に支えないといけない。状況は絶望的だった。
 「うー」
 「誰か!誰かいないのかな」
 HOTARUのうめき声が一層大きくなった。彼女が締め上げられている喉から何とか声を絞りだした。
 「う…うー。うし…ろ……!!」
 その時、小菊は何者かに背中から強く押された。HOTARUを支えていた腕を離して、地面に頭から倒れるのを両腕で防いだ。HOTARUの体が再度、自重により下に落ちた。その衝撃で首が折れたのか、うめき声がやみ、体はゆらゆらと揺れていた。HOTARUは息絶えたようだった。彼女の右手からは、ポケットから出したのであろう携帯電話が地面に落ちた。画面が白く光っていた。その光に反射して、小菊を押した人物の輪郭がうっすら浮かび上がった。
 「だ……だれ!?」
 小菊は必死で後ろを振り返る。月明りに照らされて、そこには思わぬ人物がいた。
 「あーあ。ばれちゃったか。いつも遅刻するくせに、こういう時は時間を守るんだね」
 そこには、矢見がいた。黒い服を着て、手袋をしている。
 「え……!?なんで?どういうこと?」
 小菊は迫ってくる矢見から少しでも遠ざかろうと、体を這って逃げようとした。腰を抜かしてしまったらしく、足が震えて動かない。矢見がにじり寄りながら、激昂した。
 「どうも、こうも、もう分かるだろ!」
 「山田を殺したのもあんたってこと?」
 「そうだよ!!アイツはいつだってその財力で、TOに君臨してた。俺がいくらかけても、さくら子ちゃんのTOにはなれない。むかつくんだよ。山田は他のアイドルも推してたのに。さくら子ちゃんは弱い子だから、金に弱い。さくら子ちゃんの心は俺が支えてたのに、体は山田が支えてた。それを俺はどうも許せなかった」
(それはアンタの勘違いだよ……!!)と心の中で思った小菊であったが、今は矢見を刺激しないようにするのが最善であった。
 「じゃあ、なんでさくら子を誤認逮捕させるようなことをしたの……!?もしかして、拘留されて弱ってるさくら子のところを毎日訪ねて、支えになれてるとでも思ったの!?」
 「誤認逮捕なんて、難しい言葉、よく知っているじゃないか。それも良いアイデアだったが、本望じゃない。山田を早めに撮影スタジオに呼び出し、殺した後に、間違ってロープを現場に落としてしまったんだ。それに気づかず俺は……。落としたことに気づいて、現場に戻ってきたときには、さくら子ちゃんが警察に連行されていくところだった。だから……」
 「だから、犯人に仕立て上げるために、HOTARUちゃんを自殺に見せかけて殺そうとしたのね!お金のトラブルを装って!山田の裏の裏アカウントだって偽物だったんだ!昨日、私に届いたメッセージもアンタが送ったのね」
 パニックで呼吸の速度があがっているにもかかわらず、小菊の頭はさえていった。普段はおっとりしているが、なぜかこの時ばかりは矢見の思考が垣間見えた気がしていた。そして、自分自身にこれから起こることも。
 「そうだ。そこのHOTARUって女も、山田に装った俺のお金あげるDMにすぐ喰いついてきた。そして監禁するのも簡単だった」
 「ならなんで真夏の夜の夢のオーナーは、HOTARUなんて知らないって嘘をついたの?」
 「金で買ったのさ……!黙っているようにな。コンカフェの店長っていうのはお金に困ってるんだ。だから、あんな仕事をしてるのさ。そして、オマエにHOTARUの存在を匂わせ、自殺遺体を発見させるためにな……!そのためにマル文字で遺書まで手書きしたのに……!山田を殺したことを後悔して自殺したコンカフェ嬢、それを発見した小菊ちゃん。小菊ちゃんが警察に通報して、’’山田殺しの真犯人’’が見つかって、めでたしめでたしでよかったじゃんかよ!」
 (ならあのHOTARUの足元に落ちてるナイフは、山田殺しのナイフか……)小菊は今考えなくてもよいことを考えてしまう。自分の呼吸が浅い。矢見はどんどん近づいてくる。頭が真っ白になったにもかかわらず、小菊はなぜか自分に起きていることが、映画の一部を見ているような感覚におちいった。あまりにも心理的にストレスがかかったために、感情が乖離して自分が今何を感じているのか分からなくなってしまったのかもしれない。
 小菊は、どこか冷静になった頭でぼんやりと考え事をした。
 (オタクの人には、話を聞いてもらいたいっていう承認欲求が強い人がいる。アイドルにお金を出すことによって、自分はその話を聞いてもらえる権利を得たと思う人も多い。矢見も今ペラペラ本当のことをしゃべっているのも、きっとそういう心理なんだ)と、どこか冷めた頭で小菊は考えていた。
 矢見が続ける。
 「俺だって本当はこんなことしたくないんだ。だけど、しょうがないんだよ。さくら子ちゃんを救って、またステージに立たせてあげなきゃ。彼女はアイドルなんだから」
 とうとう矢見は小菊に追いつき、覆いかぶさった。彼のお腹の贅肉が小菊を圧迫する。(気持ち悪い……!)矢見の手が小菊の首元に迫り、気道を締め上げた。小菊はか細い腕でなんとか矢見の腕を振り払おうとするも、男の力には及ばなかった。
 (あ、私、殺されるんだ)
 小菊は諦めた。意識が遠のいていく。
 「……そこでなにしてる!?」
 誰かの声が聞こえた。と、同時に首と体を押さえつけていた圧迫感が突然なくなった。
 (もう、よく、わかんないや)
 小菊は意識を完全に失った。

 さくら子の日記
 (十日目)
 やったー♪ 釈放だ!!監獄日記、終わり♪

 ***
 「小菊ちゃん、もう起きてきて大丈夫なのー!?」
 さくら子の元気な声がマクドナルドに響いた。彼女が自分で購入した期間限定ハンバーガーを頬張りながら、小菊のほうを見つめた。
 「うん。体は元気だけど、起きたことはトラウマだから、心療内科には通ってる。PTSDってやつみたい。しばらく外には出れないんだ。アイドルもお休み」
 小菊もさきほど買ってきたジュースを飲みながら、さくら子に返事をした。
 「さくら子もね、結構キテる。そもそも山田のキモイ遺体見ちゃったし、刑事の取り調べはきつかったし、犯人の矢身が毎日面会来てたことも、彼氏のホストくんが全然面会に来てくれないことも、ほんと、辛い。縁を切った親にも連絡いっちゃって、実家に戻れとか言われてるし。しばらく、アイドルする気には全くなれないや」
 そういいながら、さくら子はもぐもぐとハンバーガーを食べ進めた。事件のことは、あらかた小菊から聞いていた。小菊も落ち込んでいるとはいうものの、今は誰かにしゃべりたい気持ちがあるようだった。
 「それにしても、なんでタイミングよく警察が青山霊園に来たの?」
 「あの、HOTARUって子が窒息しつつも右手で110番してくれてたらしいの。警察も用件が分からなかったようだったんだけど、発信元が青山霊園っていう珍しいところだから一応、巡回がてら見に来てくれたんだって。HOTARUちゃんがいなきゃ、私、死んでた」
 「そうだったんだ。私にとっては警察は憎い存在だけど、小菊のことを救ってくれたならよかった」
 小菊がジュースの最後の一口を飲み干した。
 さくら子が話しかける。
 「それにしても……オタクって怖いよね。キショいし」
 小菊が顔をあげて、返答した。
 「オタクが怖いのか、人が怖いのか、よくわかんないけどね」
 「まあね。まあそんな人たちからお金もらってたのは自分たちなんだけど」
 2人の間に気まずい沈黙が流れた。その沈黙を破ったのは、さくら子だった。
 「またさ、アイドル活動、やろうね。私、紅蓮隊のコンセプトとか歌とか、あんまり好きじゃなかったんだけど。でも、みんなとダンスの練習して、ステージに立って、スポットライトをあびるの大好き。SKEとか地上のアイドルユニットまでは及ばないかもしれないけど、誰かから注目してもらえて、可愛いとか歌上手いねって言われるの嬉しい。それで誰かも喜んでくれるし」
 「そうだね。私もまたいつかステージに戻ってきたい」
 小菊の目には涙がたまっていた。それに気づいたさくら子も、涙腺が熱くなるのを感じた。
 さくら子は意を決して小菊に話しかけた。
 「あのさ、小菊ちゃん。私、私の本当の名前は、尖閣さくら子じゃなくて、小柳幸恵っていうの。運営の規約で、本名は教えちゃいけないってなってたけど、小菊ちゃんには伝えたい。運営が、確かアイドルになるからには過去の自分を捨てて、新しい名前で生きてくんだって言って本名明かすの禁止だったけど。でも、私は私だし、アイドルだけが私じゃない」
 小菊は一瞬驚いたが、すぐに返答した。
 「そう、そうだったんだ。私は恵美子。薄恵美子っていうんだ」
 「そっか。恵美子ちゃん、これからもよろしくね」
 「……うん」
 2人は食べ終えたマクドナルドのゴミを分別して片づけると、自宅に帰っていった。


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