「どうもこんにちはー」
「こんにちはー」
「僕たち〝パンナコッタ〟でーす」
「よろしくお願いしまーす」
「今日はね、名前だけ覚えて帰って下さい」
「それを言うなら〝名前だけでも〟ね」
「そうは言うけどね、僕たちみたいな売れない漫才師にとってはね、名前を覚えてもらうだけでありがたいことですよ」
「それはそうですけれどね」
「ですからね、名前だけ」
「できればネタの内容や、僕たち自身のことも少しは覚えて帰っていただきたいですけれどもね」
「その代わり……(客席を睨み回して)名前だけは絶っっ対に覚えて帰ってください。いいですか、絶対に!」
「いきなり高圧的に」
「特に……そこの君!(観客の一人を指さす)」
「よしなさい。お客さんを指さすな」
「鈍重そうな顔をしていたもので」
「失礼な。……ごめんなさいね(指をさされた観客に謝る)」
「まあ、気を取り直して」
「お前が取り直すな」
「実は僕ね、夢があるんですよ」
「人気漫才師になることですよね」
「名探偵になりたい」
「なんで?」
「名探偵になって、不可能犯罪事件をバンバン解決したい」
「じゃあ、今、どうしてお笑いライブの舞台に?」
「食うために仕方なく」
「いや、食えてないからね。僕たち、この舞台が終わったらすぐバイトです」
「そうしてね、いつかは自分の活躍を小説として発表したい。〝名探偵パンナコッタの事件簿〟」
「今の芸名は使い続けるんだ」
「(いきなり考え込むような顔をして)……そうか、犯人が分かったぞ! ようし、小五郎のおっちゃんを眠らせて……(腕時計型麻酔銃で狙いを付けるポーズ)」
「パクりだよ! それに、その形式だと名前が売れるのは小五郎のおっちゃんのほうだから。名探偵パンナコッタが歴史の表舞台に出ることはないよ」
「うっ……ガクッ……(うなだれる)」
「小五郎のおっちゃんに麻酔針が命中した」
「……(蝶ネクタイ型変声機を持つ真似をして)オッス! おめぇら、犯人が分かったぞ!」
「なんで小五郎のおっちゃんの声優が野沢雅子になってんだよ!」
「あっ! 変声機のダイヤルを間違えた!」
「そこを間違えたにしても、悟空の口調になってるのはおかしいだろ! 野沢雅子の声で喋る気満々だったってことじゃねえか」
「……ええと(蝶ネクタイ型変声機のダイヤルを回す真似をして)。……オホン……」
「おっ、いよいよ始まる。〝眠りの小五郎〟の推理劇が」
「……亀山くん、犯人が分かりました」
「杉下右京!」
「いい加減にしなさぁい!」
「なんで右京さんいきなり切れてるんだよ!」
「ええと……(蝶ネクタイ型変声機のダイヤルを回す真似をして)ああ、駄目だ」
「なにが?」
「この変声機、旧型だから神谷明の声しか登録されてない」
「メタネタをするな」
「というかね。僕はこっちよりもあっちのほうが好きなんです」
「あっちって?」
「御令孫のほう」
「変に丁寧な言い方をするな。〝かの名探偵の孫〟のほうね」
「ジッチャンの謎はすべて解けた!」
「決め台詞が混じってる! 何だよ、ジッチャンの謎って」
「原典ではジッチャンが子供をもうけたという記録はないのに、孫が存在している謎」
「自分の存在を否定するな! というか、解けたのならいいじゃねえか」
「ジッチャンに孫はいないことが証明された」
「じゃあ、お前誰だよ」
「自称〝名探偵の孫〟」
「赤の他人じゃねえか」
「と、まあね、こんなふうにして名探偵になって事件を解決したい」
「今のはどっちも子供だぞ。いい年した大人が今からなれるタイプの名探偵じゃないぞ」
「眠らされるほうなら、ワンチャン……」
「推理をしてないほうだろ。というか、現実に名探偵なんていないから」
「うそ?」
「むしろ存在すると思っていたのか」
「なんで名探偵は現実にいないんだよ?」
「それはもう、そもそも不可能犯罪が現実に起きないからでしょ。名探偵が挑むような不可能犯罪事件がないかぎり、名探偵自体も存在しえません」
「くそぅ」
「もっと現実的な夢を持ちましょう」
「例えば?」
「『M-1』優勝とか」
「名探偵になる以上に現実味がないだろ」
「身も蓋もないことを言うな」
「じゃあ……不可能犯罪を起こして」
「はあ?」
「君が、不可能犯罪事件を起こしてよ」
「どういうこと?」
「不可能犯罪事件さえ起きれば、名探偵も必要とされるでしょ。殺したいほど恨んでるやつらを絶海の孤島に建つ怪しい館に呼びつけて、一人ずつ殺していってよ」
「なんでそんなことしなきゃいけないの。というか、殺したいほど憎んでる相手なんていないからね」
「いや、いるでしょ。バイト先の店長とか、面白ないくせに威張ってる先輩芸人とか」
「やめろ」
「いないの?」
「いないよ。殺したいほど憎い相手なんて、普通はいないって」
「僕は五人くらいいますけど……」
「じゃあ、お前がやれ」
「いや、僕は名探偵だから。名探偵のほうから来た人間だから」
「なんだよ〝名探偵のほう〟って。詐欺の手口じゃねえか。〝消防署のほうから来ました〟っていう」
「まあ、とにかく、これからあちこちで殺したいほど憎むような人間関係をつくってさ、その人たちを絶海の孤島に建つ怪しい館へ招待してよ」
「殺すために人脈を築くって、めちゃくちゃだな。というか、当然、その招待される中には君も入ってるんだよね」
「そりゃ、現場には名探偵がいなきゃいけないからね」
「ということは……僕は君のことも殺したいほど憎まないといけないわけだ」
「なんやて! お前、なんちゅうことを言うねや!」
「だって、そうなるじゃない」
「まどろっこしいことをすなや! 正々堂々かかってこい!(相方に向かってファイティングポーズ)」
「名探偵が腕力に訴えるな」
「これはバモスだからオーケー。かのシャーロック・ホームズも体得していた格闘術」
「それを言うなら〝バリツ〟だ。バモスはサッカーの応援でよく言うやつだ」
「まさおJリーグカレーよ」
「それはラモスだ」
「そこのところは、あれよ。招待客とたまたま知り合いで、くっついてきたってやつで」
「ありがちな」
「そうそう。で、その日の夜に嵐が起きて、船が流されてしまうわけですよ」
「これまた、ありがちな」
「そこで、誰も予期しなかった殺人事件が起きる」
「事件が起きる気満々のシチュエーションだけどね」
「ああっ! Aさんが苦悶の表情で喉を掻きむしって悶絶して数分間も床を転げ回ったあげく鶏が絞め殺されたような断末魔の声を上げて死んでしまった!」
「数分間も転げ回ってたなら、その間に何とかしてやれ。冷静に実況すな」
「……ペロ……もしかして……ペロペロ……いや、まさか……ペロペロペロ……間違いない……これは青酸カリ……ペロ」
「そんなに舐めて大丈夫なん? それに、青酸カリって特定したのになんで最後にもう一舐めするん?」
「最後の確認的な。安全作業の指さし確認みたいな。青酸カリ、ヨシ!」
「よくねえよ。安全とは」
「とにかく、これは毒殺だ」
「定番の殺し方」
「我々が食べた、このパンナコッタに毒が仕込まれていたんだ」
「待てい。なんでパンナコッタ? そこは普通にコーヒーとかでいいんじゃないの?」
「ドラマ化されたときにコーヒー会社がスポンサーに付くかもしれへんやろがい」
「今からそんな心配しなくていいよ!」
「殺しの道具に使われたら、コーヒーに悪いイメージが付いて、コーヒー会社が迷惑こうむるかもしれへんやろがい」
「そんなのパンナコッタだって迷惑こうむるよ」
「僕らが我慢すればいいだけやないかい」
「パンナコッタって僕らの芸名だけの固有の単語じゃないから」
「君が言ってるのは、イタリア発祥の洋菓子のことでしょ」
「そうだよ。というか〝パンナコッタ〟ってそれしかないでしょ」
「違うから、あれは〝パンナ〟と〝コッタ〟で切るでしょ。僕らの芸名の切る箇所は〝パンナコ〟と〝ッタ〟だから」
「初めて知ったよ! なんだよ〝ッタ〟って!」
「ここで出て来た〝パンナコッタ〟は、〝パンナ・コッタ〟じゃなくて、〝パンナコ・ッタ〟のほうだからセーフ」
「じゃあ、その〝パンナコ・ッタ〟って何なのよ」
「砂糖を使った生地をオーブンで焼いて冷やして出来上がるスイーツ」
「それはまさに〝パンナ・コッタ〟だよ! パクりじゃねえか」
「違います。似て非なるものです」
「同じだよ」
「基本は同じトリックでも、アレンジして使用することは業界でも認められてまーす」
「全然違うだろ」
「それを言い始めると、『六枚のとんかつ』は『占星術殺人事件』のパクりということになってしまいます」
「あれはオマージュだし、宣言してるからいいんだよ」
「あと、『△△』も『○○』のパクりだし」
「そっちはガチっぽいからやめろ。伏せ字にしておくわ」
「とにかく……パンナコッタに青酸カリが混入していた」
「〝パンナコ・ッタ〟にね」
「しかし、パンナコッタは全員が食べましたが、僕たちは何ともない……。ということは、青酸カリはAさんが口にしたパンナコッタだけに仕込まれていたということになります。しかも、用意されたパンナコッタは各々が勝手に取っていったので、Aさん以外の人物が毒入りパンナコッタを食べる可能性もあった……」
「お、それっぽくなってきた。犯人は、どうやって毒入りパンナコッタを被害者に選ばせたのか」
「……そうか! 犯人が分かったぞ! ようし……(腕時計型麻酔銃で狙いを付ける真似)」
「やめろやめろ、ここに小五郎のおっちゃんはいない。僕は小五郎のおっちゃんのことは恨んでない」
「じゃあ……そういうことか! デデデデデデデデデデ……(「vs.~知覚と快楽の螺旋~」を口ずさみながら、そこかしこに数式を書き殴る真似)」
「『ガリレオ』の湯川学もやめい」
「実に面白い」
「それ、今やハリウッド・ザコシショウのネタとして認知されてるよな」
「……(髪の毛を掻きむしりながら)けけ、警部さん、は、犯人が、わ、分かりました……」
「ジッチャンのほうが出て来たじゃねえか」
「犯人は……あなたですね(相方を指さす)」
「はあ? 何を言ってんの?」
「〝不可能犯罪を起こしてくれ〟と僕に頼まれたでしょう」
「メタ推理! じゃあ、どうやってAさんに狙って毒入りパンナコッタを選ばせたんだ?」
「あなたがここへ招待した人間は、殺したいほど恨んでいた人ばかり。だから、誰が毒入りパンナコッタを選ぼうが関係なかった」
「乱雑な犯行だな。というか、君に頼まれて僕が罪を犯したというなら、真の犯人は君になるんじゃないの?」
「……僕が真犯人……つまり、探偵が犯人!」
「そんな仰々しいものじゃねえよ」
「しかも、君の標的には僕も入っていた。すなわち、僕は探偵で犯人で被害者……」
「いかにも凄いことをやったような言い方すんな」
「待って! これは漫才だから、僕はこの事件の語り手でもある。ということは……探偵で犯人で被害者で、しかも記述者……」
「もういいよ。やめさせてもらうわ」
「――ちょっと待って」
「なに?」
「そこの君(冒頭に指をさした観客に向かって)、僕たちの名前は覚えましたか?」
「ごめんなさいね」
「覚えました? 言ってみてください……」
(観客「パンナコッタ」と返す)
「そのとおり。(自分を指さして)〝パンナコ〟と(相方を指さして)〝ッタ〟ね」
「名前の割り振りだった?」
「名前だけ覚えて内容は全て忘れてください(会場全体を見回して)他のみんなも」
「なんでよ」
「ネタの使い回しができるから」
「本当にもういいよ。ありがとうございましたー」
了
MysteryExhibition1_指定文使用部門:読者投票
以下のフォームから読者投票ができます。
MysteryExhibition1短編部門について、こちらの条件で結果を算出します
・投票の対象期間 :2025年9月1日~2025年11月30日
・作品の選択のみ :1point
・作品の選択&感想:3point
・悪意があると認められる行為や内容は除外
感想は、作者へ共有したり選考会で用いたりさせていただくことがあります。
(選考会で用いられたくない場合、フォームのチェックボックスを未選択にしてください)