ストックルームメイト

目次

☆1 シェア・スペース 

 近年の地球の情勢により、物価高のあおりを受けた。税金が上がり、手取り賃金の実質低下の風を受け、ぼくは一人暮らしをしていた賃貸から追い出されることになった。先方から提出された法外で埒外な費用を払えなかったためだ。しかたなく、費用面でも生活条件的な意味でもある程度ゆるく、譲歩の余地がある、シェアハウスに引っ越すことにした。他の星の人たちが住むシェアハウスに。
 【多少の音は聞こえても気にしません】。【多少の臭いは感じても気にしません】。【多少の汚れはクリーニングしてくれれば気にしません】。【ペット可】、【軽作業可】、【料理可】、【DIY可】、【リフォーム可】、【喫煙可】。家賃は居住者の人数で折半。部屋は1つ余っていた。家賃がさらに割引となれば、先住民(?)たちも多少の融通はしてくれると踏んでいた。
 同居人は4人。元サイコパスのサバキ・グリンジャー。イエティの好青年、ケ・ムクジャ・ラ。鼻炎びえん柱のはなみず 鼻汁郎びじゅうろう。スライム界最強のスライム(自称)のインポスター。
 そして名乗るのを忘れたが、『シェア・スペース』新参者、5人目のこのぼく。学生のヤマダ・モブマンだ。

 学生の身分で一人暮らしなんて今のご時世できやしない。
 アルバイトをして食いつなぐしかない。アルバイトに精を出しすぎて本業の学業がおぼつかないのは本末転倒だ。稼ぎのいいアルバイトを見つけたから、稼げるだけ稼いだら後はゆっくりと勉強しよう。そう思い、条件に見合う賃貸を探したら、そこはシェアハウスだったというわけだ。
 ここに住んでいるのは地球人以外の様々な宇宙人。価値観も星ごとに人ごとにそれぞれ違うもんだから、多少のずれは許容されるだろう。

 そう考えていたのだが、住み始めて一週間、ぼくはある騒動に巻き込まれることになったのだ。
 違う価値観の人と同じ屋根の下暮らす。そのぎくしゃくとした軋轢は、シェアハウスあるあるなのだろうけれど。


☆2 湯船体毛ぷかぷか事件

 溜まっていた仕事を部屋に持ち帰った。効率よく分割して、進められるところは急いで進めよう。納期が迫っている。お気に入りのスパンコール入りのトレーナーは汚れてしまうから、仕事中はしっかりと押し入れにしまってある。
 今着ている服や、それ以外の洋服は全てリサイクルショップで売っていたサイズ違いの服ばかり。髪の毛も自分で切ったから乱雑だ。仕方が無い。自由に使えるお金は無いのだ。外見見てくれに文句を言っていられる状態では無い。
 今請け負っている稼ぎの良い仕事は、あまり人に褒められたものではないことはぼくにもわかってはいる。ただ、きちんと丁寧に手順良く行なっていれば人にとやかく言われる筋合いは無い。ましてや警察なんて、嗅ぎつかれなければ大丈夫だ。ぼくはうまくやれる。自信があった。
 それにここはシェアハウス。多少の倫理観の齟齬なんて、宇宙人との間の価値観のずれに比べたら、大したことはないだろう。他人に干渉せず、地球人最低限の暮らしを手に入れるための代償だ。
 無関心でいることが、ね。

「この臭いはおかしいよ!」
「誰がやってるんでゴワス?」
「こんなところ住んでいられや竹刀!!」
「絶対に犯人をつきとめてやるからな!」

 そんな折、部屋の外のリビングの方から、ぼく以外の4人による一触即発の口論が聞こえてきた。
 シェアスペース新参者のぼくも、さすがにこれに無関心ではいられないだろう。簡単に道具を片付けて部屋を出る。
「なにかあったのかい?」
 スライムのインポスターがぼくと似た顔を身体の表面に浮かべて、憤慨した顔を形作った。彼らなりの感情表現なのか。
「ヤマダさん、ヤマダさんもきっといつも我慢していることがあるはずです。みんなで話し合いましょう!」
「そうだそうだ! いくらワシら生まれた星は違えど、同じ家に住んでいるんでゴワスから、すり合わせできるところは合わせるべきだと思うんでゴワス!」
 毛むくじゃらなイエティのケ・ムクジャ・ラも、体中に生えた体毛で表情は読めないが、両腕を上に掲げて怒りを露わにしていた。
「同じ志を持つ同志、……力を合わせて財政難に太刀向かっていこうではないか。……そのための話し合いである。……決して喧嘩などという野蛮な行いでは無い!」
 鼻汁郎は句読点の度に鼻をかんでいた。地球のスギ花粉の餌食になっているようであった。
「ヤマダ君も、まだ住み始めて一週間ではあるだろうけれど、同じ発言権を持つシェアハウスの仲間だ。言いにくいこともあるかもしれないけれど、是非君の意見も聞かせて欲しい。みんなで話し合おう!」
 元サイコパスのサバキは、まるで元サイコパスであることを一切感じさせない協調性と共感性溢れる言葉でぼくに向き合った。表情はまるで無表情だったが。黒地のセーターは、まばらに白い模様が入っていてオシャレだった。
「んー、そういうことなら、実は気になっていたことがあったんだ。ちょっと聞いてもいいかい?」
「うん。何かあったのかな?」
「実は、お風呂のことなんだ」
「お風呂のことでゴワスか? あ! もしかしてお風呂場のことでゴワスか!」
 毛むくじゃらは思い当たることがあったようだった。それならぼくも話しやすい。
「そう、お風呂に入る度に湯船に体毛が大量に浮かんでいるんだ。入る前に気持ちが悪いから洗面器で掬って取り出すんだけど、取っても取ってもなくならないんだ。誰か犯人がいるはずなんだよ」
 そう言って何の気なしにぼくはイエティの毛むくじゃらの方を見た。
「え? そんなことがあったでゴワスか?」
 毛むくじゃらは首をかしげた。
「そう! そうなんだよね~! 毎回うわぁって思うもん」
 サバキは当たり障りのないことを言って同調した。無表情で。
「確かに。……もう一ヶ月ほど続いている。……寒い冬の季節だ。……せっかく温かい湯船に早く浸かりたいのに体毛を掬い取る間に身体が冷えてしまう。……掬い取る度に湯が減っていざ湯船に浸かろうものなら、……湯が少なすぎて肩が出てしまいとても寒い。……それがほぼ毎日だ。……短刀直入に言って、……早く名乗りを上げ改善して頂きたい」
 鼻汁郎は鼻をかみながら異を唱えた。湯船の中に鼻水が入ってしまわないかとても気になる。
「湯船に体毛がある状態で湯に浸かると、スライムの身体の中に体毛が混ざって嫌になるから、ボクは湯船に浸かることを諦めたよ。毎日シャワーの水だけで汚れを洗い流してるんだ」
 スライムの身体は難儀だな。なら、そもそも湯船に浸かるのは向いていないようにも思う。
 シェアハウスの面々は、それぞれ生活リズムが異なるせいで、特に風呂に入る順番などは設けていない。入りたい人が、風呂の空いている時間に入るのだ。よって、体毛を放置した人が誰であるか、日々の順番からは探り出すことが出来そうにない。
 しかし、話を聞いていると、どうもイエティの毛むくじゃらだけこの問題に無頓着なようである。
 そのことにサバキも気付いたようで、「毛むくじゃら君。君だけだ。君だけがこの問題を知らない。問題を認識していないのは、君こそが原因だからだ。君の体毛がおそらく湯船にたくさん浮いているんだろう。即刻改善しておくれ。さもなければ、このシェアハウスから出て行ってもらうぞ!」
「うーん、ワシではないと思うが……、お湯は新しいお湯を入れ直してから出ているし……」
 毛むくじゃらは何やら腑に落ちない様子で考え込んだ。
「そもそも毛むくじゃらはさっき、何をあんなに腹を立てていたんだ? 湯船体毛ぷかぷか事件のことを君は知らないってんなら、そのことじゃない、他の不満があるのか?」
 ぼくが彼に話を促すことにする。
 すると、彼は、先ほどとは違う不満を口にし始めたのだった。


☆3 絶望のティッシュ粉砕事件

「風呂というか、風呂の脱衣所にある洗濯機のことなんでゴワス」
「あぁ! 絶望のティッシュ粉砕事件のことだね!」
 インポスターが同意を示す。
 それならぼくも心当たりがあった。
 ぼくの前に洗濯機を使った人が、おそらく洗濯物の中にティッシュを入れっぱなしにして洗濯したのだろう。その後に使ったぼくの洗濯物にもそのちぎれた繊維状の細かいティッシュが絡まり挟まって、とても洗濯をして綺麗な状態になったとは思えない洗濯物になってしまったことがあった。
 ぼく自身も以前、ズボンにおやつのピーナッツを大量に入れたまま洗濯してしまい、洗濯機がピーナッツまみれになってしまったことがあった。
 その時は、洗濯物を取り出して、洗濯槽の中のピーナッツを掃除し、もう一度すすぎ洗いをすることでゴミを排除し、事なきを得た。
 間違いは誰にでもある。その後、きちんとシェアメイトに迷惑をかけない形で対処することが大事だと思う。
 この事件の犯人は、シェアメイトに迷惑をかけているという認識に欠けているとしか思えなかった。
「それならこれを見てくれよ。俺のこのセーターにも白いティッシュが挟まっているだろう。俺もほとほと困っているんだ」
 サバキが着ていた黒いセーターには、無数の白い繊維が絡みついていた。それは模様じゃ無くてティッシュだったのか。
「そうでござるか? ……日々の生活に鎌けていたので、……全然気がつかなかったでござる」
「そんな! もう一ヶ月前からほぼ毎日だよ?」
 シェアハウスの面々は、それぞれ生活リズムが異なるせいで、特に洗濯機を使う順番などは設けていない。使いたい人が、洗濯機の空いている時間に使うのだ。よって、ティッシュを放流した人が誰であるか、日々の順番からは探り出すことが出来そうにない。
 しかし、話を聞いていると、どうも鼻炎柱の洟 鼻汁郎だけこの問題に無頓着なようである。
 そのことにサバキも気付いたようで、「鼻汁郎君。君だけだ。君だけがこの問題を知らない。問題を認識していないのは、君こそが原因だからだ。君のその鼻水をかんだティッシュが洗濯され、洗濯物にたくさんからみついているのだろう。即刻改善しておくれ。さもなければ、このシェアハウスから出て行ってもらうぞ!」
「うむ。……ダガーしかし、……拙者では無いと思うが。ティッシュまみれになったとしても、その後洗濯機を毎回洗っているでござるよ……」
 鼻汁郎は何やら腑に落ちない様子で考え込んだ。
「だったらそもそも鼻汁郎はさっき、何をあんなに腹を立てていたんだ? 絶望のティッシュ粉砕事件のことじゃないってことだろう?」
 ぼくが彼に話を促すことにする。
 すると、彼は、先ほどとは違う不満を口にし始めたのだった。


☆4 すべてが水になる -THE PERFECT IMPOSTER-

「実は、拙者が風呂でシャワーを浴びている時に、度々水に変わってしまってとても寒い思いをするのでござる。シャワーを浴びているときに、誰かが台所でお湯を使っているのでござる。槍場の無い苛立ちが募りに募っておるでござる!」
「確かに! とっても冷たくて寒いでゴワス!」
 そのふさふさの体毛で水浴びしても寒いんだなぁ。イエティって雪男じゃなかったっけ。
「風呂でシャワーを浴びている時は台所でお湯を使わないのは最低限のマナーだよね。それを知らない奴こそが犯人だ」と、ぼくは釘を刺した。
 シェアハウスといっても給湯器は1台である。
 風呂でお湯を使っているときに、台所でもお湯を出そうとすると、給湯器は単純に給湯を半分ずつ分ける。風呂に供給されていたお湯の熱さが半分になると、急に冷たい水が出ることになる。
 犯人は、この行ないを分かっていて続けているのか、分かっていないのか。前者だったとしたらよっぽどサイコパス野郎だろう。
「そうだね。それをここで明らかにしよう」サバキが意気込んだ。
「でも、ボクはそんなこと一回も感じなかったなぁ。そんな人本当にいるの?」
 スライム界最強のスライム(自称)のインポスターは身体全体でクエスチョンマークを形作った。
「拙者はもうここ一ヶ月ほぼずっと被害を被っているでござる」
 シェアハウスの面々は、それぞれ生活リズムが異なるせいで、特に台所を使う順番などは設けていない。使いたい人が、台所の空いている時間に使うのだ。よって、台所のお湯を使った人が誰であるか、日々の順番からは探り出すことが出来そうにない。
 しかし、話を聞いていると、どうもスライムのインポスターだけこの問題に無頓着なようである。
 そのことにサバキも気付いたようで、「インポスター君。君だけだ。君だけがこの問題を知らない。問題を認識していないのは、君こそが原因だからだ。君はおそらく、誰かがシャワーを浴びているときに、台所でお湯を使うと給湯器のお湯が、台所と風呂とで半分ずつになり、お湯が冷たくなってしまうことを知らなかったのだろう。即刻改善しておくれ。さもなければ、このシェアハウスから出て行ってもらうぞ!」
「どよーん。でもさー、ボクでは無いと思うんだよね、どよーん」
 インポスターは何やら腑に落ちない様子で考え込んだ。
 サバキは手をパンと叩き、朗らかな顔で言った。
「あんなにたくさんあった不満が、それぞれ別の人の仕業だったなんてね。でもすっきりしたよ。ほとんどの不満はこれで解消されるからね」
 そうだろうか。ぼくは何か見逃していることがあるんじゃないかと考えた。今のインポスターの話を聞いていて、何か違和感を覚えたのだ。違和感を感じたわけでは無く、覚えた。
「インポスター、もう一度話を聞かせてくれないか。君はシャワーを浴びるとき、水を浴びるって言ったね?」
「そうだよ。お湯だと体温が上がって、粘度が下がって、身体の形を保っていられなくなっちゃうからね。バブルスライムとか、ベトベトンみたいになるんだ」
「とてもわかりやすい説明をありがとう。だったら犯人はインポスターじゃない。犯人は別に居る」
 ぼくは一同を見回して、頃合いを見計らって始まりの一言を言った。

「さて」

 解決編といこうじゃないか。
 ぼくは非常食代わりのピーナッツをズボンのポケットから取り出し、奥歯で強く噛みしめ、独特の甘みを味わった。


☆5 愛の無頓着

「どういうことだよ。すべてが水になる事件の犯人は、インポスターしか考えられない。彼だけがこの事件に、この問題に無頓着だったんだから。きっとみんなが風呂に入っているときに、台所でお湯を使っていたりしたんだろう。風呂場への給湯が半分になることを知らなかったんだ」
「それだよ、それがおかしいんだ。インポスターは普段からお湯を使っていない。水しか使っていないんだ。みんなが風呂に入っている時も、水しか使っていないなら、風呂のお湯が水になってしまうはずがない!」
「た、たしかにでゴワス!」
「ふっ、……鼻炎柱もかたなしでござるな」
「ボクの疑いを晴らしてくれてありがとう、ヤマダ!」
「なるほどね。事件は振り出しに戻ってしまったという訳か」
 サバキは意外なほどにあっさりと矛をしまった。
「そしてこの事実は、他の事件解決のカギにもなっているんだ」
 ぼくは続ける。思いついた新事実はみんなにも共有してあげた方が良いだろう。
「なになに? まだ何か思いついたの?」
 インポスターは疑いを晴らしてあげたからか、ぼくの話をもっと聞いてみたくなったようだった。
「そう、何故インポスターがそもそも疑われたのか? それはシャワー中に突然お湯が水になる現象が普段から起きていることを知らなかったからに他ならない。その現象に無頓着だったからこそ、その現象を引き起こしている犯人だと考えられたんだ」
「その現象を認識しているの日本刀に、ほんとうにみんなが困っているのにも関わらずそれを知りつつも続けているだなんて、……サイコパスしかあり得ないでござるからな」
「そう。でもそれは仕方が無かった。インポスターは普段からお湯を使わない、水しか浴びなかったから、突然水になっていたとしても気付かなかっただけだったんだ」
「そうだね! お風呂で水を浴びるのは、ボクにとって普通のことだったから!」
「そして、それは他の事件にも同じことが言える」
「そう、そうでゴワスよ! ワシも同じでゴワス!」
 毛むくじゃらが声を上げた。ぼくもそれに同調する。
「そう、湯船体毛ぷかぷか事件で何故けむくじゃらがその事件を認識していなかったか? それは彼が無頓着だったからじゃない。その逆なんだ。彼が湯船に入る度に、毎回体毛がぷかぷか浮かんでいたんだ。だからそれが彼によるものなのか、彼以外の誰かによるものなのか、毛むくじゃらには認識できなかったんだ!」
「そうでゴワス! 湯船に浸かる度に体毛が大量に抜けて湯船に浮かんでいることは、ワシにとって普通のことだったでゴワスから!」
「な、なんだってー! じゃあじゃあ、湯船体毛ぷかぷか事件の犯人は毛むくじゃらじゃないってことなの?」
「そうでゴワス! ワシは自分が湯船に入った後、湯船に浮かぶ体毛は全て掬い、お湯は全て綺麗な新しい湯を張ってから渡しているでゴワス!」
「それをはやく言いなよ、毛むくじゃら」インポスターは呆れた声を出した。「言っていたでゴワス……」と毛むくじゃらはむくれた。
 やはりそうだったか。ぼくもそう考えていた。いつも湯船に入る度に体毛が大量に浮かんでしまう毛むくじゃらは、自分が入った後、湯を抜いて入れ直す、もしそれならば犯人では無い。よくよく聞いてみると、湯を張り直すために、水道料金とガス料金も彼が半額支払っていると聞いた。そしてそれは正しいと皆話している。彼は犯人では無いだろう。
 それを聞いて鼻汁郎も手を挙げた。
「それなら拙者も手を挙げさせて頂こう。絶望のティッシュ粉砕事件の犯人は拙者ではない」
「え!? そうなんでゴワスか?」
「拙者も毎回鼻をかんだティッシュをついつい洗濯してしまうから、……もう一度柔軟剤を入れてすすぎをするのでござる。……そうすると洗濯物や洗濯機からティッシュのゴミが洗い流されるのでござる。……拙者はしっかりと対策を講じているでござる! ……犯人に間違われたクナイでござる!!」
「なるほどね、いつもティッシュを絡みつかせているからこそ、鼻汁郎は絶望のティッシュ事件に気付くことが出来なかったんだ」
「うむ! ティッシュゴミを入れたまま洗濯機を回してしまうのは、拙者にとって普通のことだったのでござる!」
 だから先ほどの毛むくじゃらと同様、そのティッシュまみれの洗濯物が、自分によるものなのか、自分以外の人によるものなのかが分からなかった。だから無頓着になってしまったんだ。
「……皆に迷惑をかけている自覚はまったく無い! ……矛りにかけてここに誓う!」
 ぼくは再び周りを見回して言う。
「さて、状況は変わった。インポスターはすべてが水になる事件の犯人じゃないし、毛むくじゃらは湯船体毛ぷかぷか事件の犯人では無いし、鼻汁郎は絶望のティッシュ粉砕事件の犯人では無い。ましてや、全ての容疑者の疑いを晴らしたぼくが犯人であるはずがない。今もこうして名乗り上げない真犯人がぼくだとしたら、皆が犯人として疑われているのに、わざわざその疑いを晴らすなんて無駄なことはしないからね。となると真犯人は──?」
 イエティの好青年、ケ・ムクジャ・ラはとある一人に身体を向ける。
 鼻炎柱 洟 鼻汁郎はとある一人に鼻を向けて鼻をかむ。
 スライム界最強のスライム、インポスターはとある一人にそっくりの顔を作り、悲しい顔を形作る。
 そんなぼくたちの言葉無き意思を知ってか知らずか、相変わらずの無表情でため息をつく。
「真犯人は、君だ! 元サイコパス! サバキ・グリンジャー!」


☆6 残りの一仕事

「やれやれだ。皆の話に合わせて適当に発言してはみたけれど、隠し通せるものでは無かったようだね。察しの通り、湯船体毛ぷかぷか事件、絶望のティッシュ粉砕事件、すべてが水になる事件は全て俺、サバキ・グリンジャーが犯人だ。ごめん、あんなにみんなが白熱している最中、謝ることが出来なかった。次から、いや、今ここから気をつけるよ。反省する。だから許して欲しい。俺をここから追い出さないで欲しい。頼むよ」
 元サイコパスの謝罪。そこに心がこもっているのかどうか、そんなものは誰にも分からない。
 しかし、ぼくたちはただの他人じゃない。同居人だ。
 一度や二度の失敗で追い出すほど狭い心は持ち合わせていなかった。
 宇宙は広いのだから、共にこの地球で生きていくのだから。
 そんなぼくらの意思は、生まれの違う星のぼくら同士でも充分に伝わったみたいだった。サバキは「ありがとう」とだけ短く言った。
「あぁごめん、犯人の俺から言うのもなんだけど、実はもう一つだけ、不満があってね。この件ではもちろん、この俺が犯人ではない、ただここ一週間で起きていることなんだよ」
 ふぅ。言いたいことも言えたし、少し疲れたな。
 ぼくはまだ仕事が残っているし、サバキの言うことはそこそこにして切り上げることにした。
「……じゃあぼくはもういいかな。実はまだ仕事が終わっていなくてね。持ち帰った仕事を片付けないと」
「本当にこれが最後だからさ。なぁ、この家、異臭がしないかい? 生《なま》ものが腐ったような、鉄が腐ったような、普通の生活をしていると嗅いだことの無い不快な臭いがするんだよ。ねぇ、みんな」
 毛むくじゃらも。
 鼻汁郎も。
 インポスターも。
 サバキも。
 皆大きく頷いた。
 ぼく以外のみんなが認識している、異臭の問題。
「拙者の詰まった鼻すら貫通する千枚通しのようなこの腐敗臭、……実に不快。……実に不愉快。……早くなんとかしてもらいたい。……一体誰がこんなことを?」
「異臭? 腐敗臭? 何も感じないけれど」
 ぼくの、そのあっけらかんとした物言いに、けむくじゃらも、鼻汁郎も、インポスターも、眉をひそめた。
 サバキは意を決したように切り込んだ。
「じゃあヤマダ君、君の部屋を見せてくれないかな? 何も隠すようなことは無いだろう?」
「あぁ、別に良いよ。ちょっと仕事の道具が散らかってるけど、それは気にしないでね」
 ぼくは自分の部屋のドアを開けた。
 そこには持ち帰った仕事道具が広げてあった。
 斧、鉈、ナイフ、ノコギリ、メスのような薄い刃物、ハンマーと包丁。食材を綺麗に洗うための薬剤とビーカー。食材を分けるためのバケツ数個。
 宇宙人の死体の頭部、腹部、腕部、脚部、臓器と骨。可食部とそれ以外とに分けて丁寧に捌いて、綺麗に洗って、卸業者に引き渡すのだ。
 部屋を汚さないようにブルーシートなどで養生は完璧にしているし、換気扇も24時間回して換気もしっかりしている。誰にも迷惑はかけていないと思っていた。
 洋服が汚れるのが玉に瑕だが、しっかり洗濯すればそんなに気にならないと思う。血の臭いも風呂に入ればスッキリするし。
 稼ぎがいい仕事だし、なんなら皆にも紹介してあげようかと思っていたから、良い機会だ。この財政難を乗り越えるためなら、多少の犠牲はつきものだ。ルームメイトの皆もきっと分かってくれるはずだ。今回のこの話し合いで、皆と少し分かり合えた気がしていたからだ。
 無関心だった当初の頃から変わった。今ぼくらは同居人同士でしっかりと話し合い、価値観のすり合わせを行ない、恥ずかしいところも見せ合った。真の共同生活の同居人となった気がする。
 ぼくにとって初めてのシェアハウスメイトである皆に自分の部屋を見せ、少し気恥ずかしい気持ちでぼくは皆に問いかけた。
「ほら、別に普通でしょ? みんなも一緒にどうかな?」 






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