私立、セントレアハート女子高等学校。
小高い丘の上にあり、森に囲まれた白い校舎。
私立で女子校で、名前にカタカナが入っているだけで、お嬢様が通う学校だと勘違いされやすい。
しかし、その実態は、田舎の芋っぽく、青臭いミニゴリラのようなたくましい女の子たちが通う学校であったーー。
「あっっっちぃ~~~」
福大良・いちごは、自身のスカートを思い切りぱたぱた動かし、自身の股に風を送った。暑い生徒会室は蒸し風呂状態であった。日本の夏は急激な異常気象により高温になっているが、エコフレンドリーと銘打ってクーラーが18度に設定されているため、冷気が追いついていないのだ。いちごは最近の猛暑に腹を立て、髪の毛をショートボブにしたばかりだ。大きな目は暑さで半開きになり、頬が紅潮している。
「いちご、さすがにはしたないよ。JKがスカートおっぴろげて、大根足ぱたぱたなんて。とんだゴリラだよ」
すちゃっとメガネの位置を気にしながら、星影・つきのが話しかける。つきのの自慢の長髪の黒髪は、暑さ対策としてポニーテールにしてあった。
「なんだよ、つきのも扇風機オナニーしたいのか」
「サイテー。女子高じゃなかったら、即アウトだよ。よくそんな残念なのに、生徒会長になれたよね」
「つきのは残念じゃないのに副会長だもんな」
「コロス」
「はいはい、ごりらごりら」
二人はしばし睨み合っていたが、喧嘩をする元気は夏の暑さに奪われていった。つきのは思い返していた。生徒会選挙で、いちごはどうしても会長になりたかったらしく、あの手この手で根回しをし、気づいたら会長になっていたことを。普段は残念な彼女であるのに、なぜか人を惹きつける不思議な力があった。もしかすると彼女のたわわなEカップのおかげかもしれないが……とつきのは自分の胸にあるまな板を見てふと思った。
つきのはため息を隠せない。
「はあ、そろそろ、文化祭の見回り、行く?」
「つきのは本当に真面目なのに、副会長だもんな」
「ほら、行くよ。いちゴリラ」
「はいよ~」
そう、この二人の仕事は、「文化祭の見回りパトロール」。
この日は、セントレアハート女子高等学校の年に一度の文化祭の二日目であった。文化祭は全部で三日間行われている。女子高が一般に開かれるとあって、盛りのついた男子高生や変なおっさんが出没するリスクがある。そこで、生徒会会長と副会長、また男性教師は定期的に巡回パトロールをしなければいけなかったのだ。日中のパトロールは異常なし。一般参加者の荷物検査も生徒会が行っているが、特段のトラブルはなかった。二人は今、閉園後、何か問題が起きなかったのか最終巡回をするところであった。
「それにしても、今年は人が多いよな。初日に変質者は出なかったけど、よく分からない「あんこ好き」と書かれたラブレターが一組の教室に置かれたりとか、ナンパされる奴はいるみたいで、困ったもんだよ」
いちごがどこから手に入れたのか分からない棒アイスを食べながら、廊下を歩いていた。多くの生徒が二日目の片づけを行っている。みんなの顔はやや疲れつつも、非日常の体験に胸を躍らせているようであった。つきのは人を巧みに避けつつ、いちごについていった。二人の腕には、「巡回中」の腕章がついている。
つきのが大きなため息をついた。
「どうもSNSで文化祭開催が拡散されちゃったらしく、人を集めちゃったのかも」
「初日は変なおっさんはいなかったけど、油断ならないよな。あ~あ、いちごも教室の出し物にまざって、きらびやかな青春を謳歌したいぜ」
「いちごの教室のテーマはなんだっけ?」
「えーっと。確か、どすこい徹子の部屋、だったかな」
「何それ……」
「相撲レスラーみたいな徹子の着ぐるみと相撲したり、腕相撲したりする。買った人はちゃんこ鍋割引クーポンもらえたはず」
「ずいぶんと泥臭い青春だね」
「つきののクラスは」
「あー。確か」
つきのが言いかけたところで、二階の奥、つきのの教室の前に二人は到着した。教室の入口には、「めくるめくヨーロッパ 芸術の浪漫飛行」の看板がかかげてある。
「確か、西洋美術の有名な作品を自分たちでユーモラスに創作して飾ってるんだよ。美術部の部長とか、部員の人が何人かいて、めちゃくちゃ気合い入れて作ったみたい」
アイスを食べ終わったいちごは名残惜しそうに棒をポケットに入れた。いちごのスカートのポケットにはいつも食べ終わったお菓子の袋などが入っている。ポケットパンパンゴリラ、というニックネームはさすがについていない。
「あれ、確か、隣の二組とテーマがかぶって、おお揉めした挙句、じゃんけん一回勝負に負けて、泣く泣く二組がテーマ変えたんだよな?」
「そう。二組には美術部の副部長がいて、彼女が当初考えたテーマが西洋創作アートだったらしいんだけど、それを部長が盗んだらしいの。真相は謎だけど。二組は結局、セントレア★チームラボっていう写真映えスポット作るテーマに変えちゃったんだって。美術部の部長と副部長の確執は半端ないらしいよ」
「生徒会の出番じゃなきゃいいけどな」
「美術部の部長と副部長同士の喧嘩に、顧問は激おこだったらしい。『芸術を争いの道具にするな』とか『芸術のあるべき姿とは』とか顧問が臨時会報まで作って校内配布したんだから。その会報の印刷、全部、生徒会がやるはめになったんだよ。美術部の副部長はかなりやつれちゃって、心配した顧問がチームラボの監修をしてくれたらしい。そんな顧問にべったりの副部長に部長は良い顔してないのであった」
「難儀、難儀、仕事はカタギ」
いちごは、一組の教室のドアを開いた。その瞬間だった――。
「おい、大丈夫か!!」
いちごの目に飛び込んできたのは、教室の真ん中、ミロのヴィーナスの横に倒れている女子高生であった。
「えっ、ちょっと。羽山さん!?」つきのが駆け寄る。いちごも続いた。
羽山と呼ばれた少女は、うつぶせになって倒れていた。死んではいないようだ。
「知ってる子か?」
「隣の二組の美術部副部長、羽山・ことりさん……。なんで、てか、人を呼んできて!」
「……うっ。大丈夫、人は呼ばないで」
羽山は意識を取り戻したらしく、ゆっくりと起き上がった。長髪を二つ縛りにして両サイドに可愛らしいビーズのシュシュをしているが、どこか乱れてみえる。羽山の顔は真っ白で血の気がないようだった。
つきのは羽山の腕をつかんで脈拍をはかった。心臓は止まっていないようだった。
「本当に大丈夫? 一体どうしたの?」
「……分からない。教室に入ったら、急に頭にどかんって衝撃がはしって、気が付いたら倒れてた」
いちごは羽山の頭を確認する。羽山の毛量が多く、頭の損傷部は確認できなかった。
「誰かに殴られたのか?」
「そんなことは。教室には、私しかいなかったはず、なんだけど。殴られたときは下、向いてて」
「――そうよ!一組で何をしているの、羽山さん!」
いちごとつきのが振り返ると、教室の入口には、美術部部長の橘・あんこが立っていた。茶色のウェーブがかった髪は緊張感をおび、目には怒りの感情がにじみ出ていた。腕を組んで仁王立ちしている。
不穏な空気を察したつきのは、努めて冷静に羽山が誰かに背後から襲われ、倒れていた状況を説明した。しかし、橘はそれどころではなかったようだ。
「羽山さんのことは心配だけど、それよりも、見て!ヴィーナス像を!」
全員が教室の真ん中にあるミロのヴィーナス像に注目した。ヴィーナス像は、多感な年頃の青少年に配慮された結果、アメリカンなビキニを着ているところ以外は、変な箇所は見当たらなかった。

「――ヴィーナス像の、腕が、盗まれてる!!!」
教室は一瞬のうちに静まり返った。いちごとつきのは顔を見合わせた後、ヴィーナス像と橘の顔を交互に見た。羽山はまだ意識がもうろうとしている状態らしい。
「えっと、ヴィーナスには腕がそもそもないんじゃなかったっけ?」
静寂をやぶったのはいちごだった。
「ここは、創作アートの世界、しかも古典美術の教養を加えたクリエイティブな空間なんだよ! もちろん、ミロのヴィーナス像の永遠の謎とされた両腕も、クラス全員でアイデアを出して、作ったにきまってるじゃない! なのに、その腕がないの!」
橘は羽山をきつく睨んで言い放った。
「羽山さんが盗んだんじゃないの! 西洋アートのテーマのアイデアを私が盗んだとか噂ながしてたしね!」
「違う! 確かにテーマ決めのときはもめたけど、だからといって創作物を壊したり、一部を盗んだりするほど落ちぶれてない。だいたい、私だって、誰かに襲われて、ここで倒れてたんだよ。腕を盗む暇なんてないわよ」
「なによ!自作自演なんじゃないの」
「……そんな、ひどいこと言うなんて」
「ちょっと、落ち着こうぜ、二人とも!」見かねたいちごが止めに入る。
「少し状況を整理しよう、つきのがね」
「えっ私?」
三人の視線が一気につきのに集まった。
「もう、困りごとはいつも私……。えっと、まず状況の確認だけど、閉園が夕方17時。羽山さんが教室に入ったのは?」
「17時、半くらいかな」
「最後のお客さんは誰だった?」
この質問には橘が答えた。
「最後のお客さんは、美術部顧問の桃園寺先生と先生の奥さん、お子さんだったよ。お子さんの名前は、うるしくん。まだ六歳で、小さくて可愛かった。美術の先生のお子さんだけあって、アートも興味津々に見てくれてた。奥さんは先に出ちゃって二組に行ったみたいだけど、先生の解説つきで見て回ってた。この教室には、ヴィーナス像のほかに、絵画「はんだごてをする女(牛乳を注ぐ女が、牛乳を注ぐ代わりにはんだごてをしている)」や、「YOSHIKIな耳飾りの女(真珠の耳飾りの女がYOSHIKIみたいになっている)」があるからね。教養だよ」
「その時までは腕があったのね」
「もう閉園後で生徒は片づけに出っ張ってたから、教室には誰もいなかったはず。私も最後に見たのは十六時頃だし」
「羽山さんは?」
「私は、殴られた衝撃でよく覚えていない……。急いでたし」
「ていうか、羽山さんはなんで一組にいるの」と、橘が睨みつけながら言った。
「それは……」
「やっぱり怪しいじゃん。どう考えても」
つきのは大げさに手を上下にさせながら、「まあまあ」と場を収めた。
「論より証拠。まずは教室に腕が落ちてないか見て回ろう」
「つきの、良いこというじゃん」
「いちご、役立たずゴリラは黙って教室見て回って」
「はいはい」
いちごは教室内をゆっくり見て回った。教室内の机や椅子は別の場所に移動させられている。教室の真ん中にヴィーナス像。壁に6枚ほどの変な西洋画が飾ってある。窓は開いているが、この場所は校舎の三階。窓の外には大きな木があるが、人がよじ登れそうな太い枝をもった木ではなかった。最近、この木にカラスが巣を作ったようで、校内でほっこりニュースが流れていた。窓側には、一組の担任が趣味で飼育している熱帯魚の水槽があった。水槽のなかの魚は三匹ほどで、魚に危害はなさそうであった。
教室に腕はなかった。教室に腕がなく、羽山が倒れていたところを、いちごとつきのが発見したのだから、羽山が盗人ではないことは自ずと証明された。納得のいかない橘は窓の外に放り投げたのだと主張したが、窓の外には何も落ちていなかった。
いちごは念のためヴィーナス像を確認したが、腕は彫刻刀で切り取られたようであった。迷いのない、切断面。犯人はプロのしわざのようだ。一体なぜ。
窓の外でカラスがかーかーと鳴いている。夕日は沈み、外は完全に暗くなっていたがまだ蒸し暑さが残る。いちごは、必死な表情を演出する一方で、心のなかでは早く帰ってアイスが食べたいと思い始めた時であった。
「ん?ちょっと待てよ?」
いちごが何かを黒板の真ん中、下のほうに見つけたようだ。
「どうしたの、いちご」
「なんか、書いてある」
目を凝らしていちごは書いてある文字を読み上げる。
――うで いただきます
「え? 犯行宣言??」
橘が黒板に駆け寄り、いちごと一緒に文字を確認した。
「えっ? なにこれ? いたずら?」
文字は全てひらがなでピンクのチョークを用いていた。
突然勢いよく教室のドアが開いた。
「君たち、何してる?」
「と、桃園寺先生!」と、橘が長身の男に駆け寄った。桃園寺という職員は、齢55歳の初老であるが、背は高く白髪交じりのツーブロック、黒縁メガネをかけ、いつも白衣を身につけている存在のある教師であった。
橘が涙ながらに訴える。
「先生、ヴィーナス像の、腕が盗まれてしまったんです!」
「な、なんだと」
羽山もすがるように訴えた。
「私なんか、頭を誰かに殴られて気絶させられたんです!」
「そんな……」
「よし!分かった!」
突然、いちごが叫び始めた。驚いた顔で全員がいちごを見つめる。つきのは「やばい、嫌な予感がする」と思った瞬間だった。
「犯人は、桃園寺先生、あなただ!」
「は、何を。言い出すんだね君は」
「犯人は現場に戻る!」
「確か、君はいちごさん、だっけか。歴代生徒会長のなかで最も残念と噂される……」
「今はそんなことは関係ない!」
「何を根拠にそんなことを言うんだ。名誉棄損という言葉を知っているかね」
「つきの! あとよろしく」
つきのはがっくり肩を落とした。メガネもずれてしまった。やっぱりか……いつも尻ぬぐいはつきのであった。
「えっと、あの」
「こんな茶番には付き合ってられんよ。早く帰る支度を――」
「いや、犯人は先生ですよ」
「つきのくん、君までそんな」
「ひゅーひゅー、いいぞつきの!」
「いちごは黙ってて。先生、冷静に考えて先生が最後に一組の教室を見ていた人です。普通に考えると怪しいです。腕は彫刻刀で切り取られたようですが、普段彫刻刀を使うのは美術部員と先生だけ。彫刻刀のありかを知っているのも、部員と先生だけです。一般参加者は荷物検査をしているから、彫刻刀を持っていたら指摘されます。犯行時刻からしても犯行実行できたのは先生だけです」
橘がつきのの話を遮った。
「ちょっと、待って。なら、あのチョークで書いてある犯行予告はなんなの」
つきのは「ふう」とため息をつき、話し始めた。
「あれは、桃園寺先生のお子さんの字ですよ。まず文字の位置。犯行宣言であれば、黒板に堂々と書けばいいものを下のほうに小さく書いてある。また全てひらがなで書いてある。身長的にも文字レベル的にも、六歳の息子さんが書いた可能性が高い。父親が腕を彫刻刀でもぎ取っているのを見て、お子さんが思わず書いたのでしょう」
「ひとの息子を、何を根拠に」
「なら息子さんに聞いてみますか? まだ校内にいるのを見ましたよ。閉園後、ここに来る前にいちごが棒アイスをあげてましたから。その時、今日は三人で焼肉を食べると喜んでいました」
黙ってしまった桃園寺の代わりに、橘がかみついた。
「でも! 羽山さんの襲撃事件の件は? 桃園寺先生が自分の部の生徒に手をあげるわけがないでしょ!」
「ああ、それは……カラスです」
「え?」
「窓が空いていて、近くの木にはカラスが巣をつくっていたでしょう? 産卵期のカラスは非常に凶暴で巣に近づく人を襲います。羽山さんのシュシュはビーズ飾りがしてあって、西日が差し込んだ影響できっとキラキラしていたんでしょう。水槽の水面もキラキラしていた可能性があります。カラスは光り物を警戒して襲う習性があります。それが、カラスは光り物が好き、とか言われる所以らしいのですが」
「え、私、カラスに襲われたの?……ショック」
橘はなおも桃園寺をかばった。
「で、でも、腕を盗んだ動機は? なんでそんなことを」
「これは、あくまで私の動物的感ですが」つきのは大きく息を吸う。
「芸術を、あるべき姿を冒涜されたくなかったのではないですか?」
「うっ……」
「私、先生の作った誰も読まない臨時会報、印刷したので嫌でも読みました。あれは部長と副部長の関係をいさめるメッセージのうらに、西洋美術は西洋美術であってほしいという意味も込めたものでしたよね」
「先生、そんな」
「橘くん、すまない。でも、ミロのヴィーナスに腕が付け加えられていることだけは、許せなかった……」
気まずい静寂が教室のなかをおおった。
そんななか、いちごだけは元気よく声を張り上げて言った。
「一件落着!」
「あんた、何にもしてないでしょ!」
こうして、ミロのヴィーナスの腕は、桃園寺先生から返却された。
文化祭三日目。いちご、つきのと羽山は一組の教室を訪ねた。ミロのヴィーナスを見た瞬間、思わずつきのは呟いてしまった。
「これは、確かに、もぎ取りたくなる」

ミロのヴィーナスには、ゴリラ並みの筋肉をした腕が取り付けられていた。
羽山が答える。
「橘さんが一晩で修繕したそうよ。彼女の技術は本物。ついでにより強く誇り高いミロを目指してさらにムキムキにしたそうよ。現代的で、ジェンダーフリーの時代を象徴していると思う」
つきのは苦笑いした。
「ところで、羽山さん。どうして閉園後に一組にいたりしたの?」
「えっそれは」
「つきの、乙女心の分からないやつだ」
「え、いちごは知ってるの?」
「羽山さん、橘あんこ宛てのラブレターを書いて一組に置いていたのは、あんただろ。橘の下の名前はあんこ。仲直りしたかったんだろ」
「えっそんなわけ、ないじゃん!証拠はあるの?!」
「つきのに聞いて!」
「いちごっ!」
こうして文化祭は閉会に向けて、賑わいを増していった。
了
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